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太陽が沈み陽が届かなくなると、いくら人工的に灯りを届けられても『明るい』と感じない。
真衣香の笑顔を何かに例えるなら、そんな陽の光のようなものなのかもしれない。
重い身体。
時計を見ると21時をまわっていた。
久々に入った喫煙ルームでタバコに火をつける。
そして、ふかす程度に煙を吸って吐く。
(うーん、うまくないな)
坪井は口の中に広がる苦味に眉をしかめた。
しかし、何故だかその一瞬は考えたくないことを考えなくて済む。酒と似たようなものだろうか。
考えながらまた、浅く吸い込んだ煙を吐き出す。白い煙をボーッと眺めた。
(嫌い、か。 当たり前だな)
もう1、2時間は経つのか。
泣きながら叫んだ真衣香の顔を思い出した。
結局のところタバコを出してきても意味はない。消えはしない、傷つけた顔。
「げ、お前かよ。帰るんじゃなかったのか」
ドアを開けた音と同時に聞こえてきた声。
「うわ、マジですか……。帰るつもりでしたけど、部長に捕まったんで」
互いに、嫌悪感たっぷりの声を掛け合った。相手は八木だ。
「お前吸うんだっけか、初めて見たな」
「……たまに、ですけど」
はっ。と鼻で笑う声がした。
「つーか部長といえば。 今日高柳さんがぼやいてたけどよ、お前クリスマスの陳列もポップも持ってかれてんだろ。 何やってんだよ、店頭フォロー行かなかったのか」
「え、部長と何話してんですか」
「まあ、俺にも色々あるからなぁ」
(いや、総務関係ないでしょ)
とは、思うけれども会話を広げる気もない。
八木が自販機で缶コーヒーを買いながら、突然そんな話題を出したので力が抜ける。
てっきり開口一番、真衣香のことになるだろうと思っていたから。
「泣かせた側がガタついてるとか、どんなオチだっつーの。 笑えねぇけど」
なるほど、そう繋げてきたか。 坪井は中央にある灰皿付きのハイテーブルに肘を突きながらライターを取り出す八木を横目に、こっそり思った。
「立花は、帰ったんですか」
「あ? 帰ったよ」
「え、ひとりで?」
八木は煙を吐き出しながら気怠そうに答えた。
「ひとりで帰りたいって、言うから帰したけど」
あの、ひどく取り乱した様子の真衣香を八木がひとりで帰すとはどういった状況なのか。
(聞いたところで、答えないな)
坪井は、そう結論付けて質問を変えた。
「……あいつと、その……ほんとに付き合ってんですか」
「どう思う?」
「どうって」
(まぁ、これも答えるはずないか)
タバコを捨て、壁にもたれて八木を見る。
八木はこちらを見ずに、また声を発した。
「気にすんの、そこじゃなくねぇか? あいつお前に泣かされたばっかだろ。俺に惚れてなくても付き合うかもじゃねぇか」
「はい?」
視線は坪井に向けられていないため、軽く睨みつけた表情は見えていないのだろう。けれど、声で乗ってきたと判断したのか。試すような口調に変化していく。
「俺が、あいつに惚れてんのかどうか注視しといたほうがいいぞ。 仮にそうだとしたらお前が害になるって判断してるうちは関わらせないからな」
「ははは……、厳しいっすね。 でも安心してくださいよ、これ以上嫌な思いさせたくないんで。 自重します、できる限りで」
「ふーん」と興味なさげに返事が返ってくるが。
「お前の自重なんてアテにならねぇけど」と、ここで視線がかち合う。
「ひとつ聞くぞ。 お前と咲山見てたからマジで疑問なんだよ。 マメコ相手なら捨てるにしても、もっとうまくできたはずだろ? あそこまで、とことん傷付けたのは理由あってのことか?」
冷たく、まるでその視線に切り裂かれそうな迫力を感じる。
即答できないのは、自分の中で行ったり来たりの形容し難い感情があるからだ。
「何なら、あそこまで惚れさせずに遊べたろ。 何がしたかったのかわからねぇから余計ムカつくんだわ、お前」
「……意識しないでいると、近づき過ぎてましたね」
「あ? 意識? 何を」
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