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「お前、まさかここまでやれるとはな」
青年が屈託のない笑みでそう呟く。
「あれは、あの影は何だったんですか」
息が上がって苦しい。ただ、とても体は軽い。ぽかぽかと火照っている。
「あれ? あれは何ていうかな、魔が差した、ってときのその魔っていうか、衝動みたいなもの。あいつが心の隙間に入り込んで侵食すると、お前みたいに死のうとしたり、人を傷つけるって感じで、何かを傷つけようとするんだ」
「へ、へえ」
「普通に生活するぶんには平気。だけど、人間が、心が弱ってるとこがあらわになってしまった時、どこからかやってきてその人の心に巣食うんだって。でも、視えるやつと視えないやつがいるんだ」
「僕は視えた側、ということですか」
「そう。しかも、視える人はそれなりにいても、実際に祓える人って案外少ないんだ。そもそも視えるって気づくことがないし、祓えることだってそう。それに、気付いたとしても祓うのが結構難しい」
「へえ」
「だから、お前は誇っていいんだよ。あんな急なお願いでうまくやったんだ、適正なら十分にある」
そうして僕の手をとって、どこにも逃さないって目でとらえて、
「俺達に協力してほしい」
そう、さっきの凛とした声で言った。
⋯⋯はあ⋯⋯? どう考えたってわけがわからない。何を突然言い出すかと思ったら、仲間になれって。まず誰。
「嫌、か?」
心做しか反射する光が増えた眼で青年が見つめてくる。
「ま、まずあなたは誰ですか。俺達って、誰ですか。あなたはは何をしていて、僕は何をしたんですか」
とりあえずの疑問をぶつけてみると、こほん、と咳払いをして、
「俺は選りすぐりの祓人たちが集う夜灯って組織にいる、月見里海斗。武器は見た通りの槌。でっかいハンマーだ。よろしくな!」
そういって右手を差し出してくるけど⋯⋯
「まずは⋯⋯はらいびと? ってなんです? よともしって? 不審者ですね? 」
当たり前のようにでてくる意味不明な単語を聞き返すと月見里さんは口をあんぐり開けて
「知らない、のか?てっきりあんだけ戦ってたから知ってる側なのかと⋯⋯」
などといろいろぶつぶつ呟いている。なんだコイツ。知らないよ。
「まあいい。祓人ってのは、さっきの影みたいなやつと武器を具現化して直接やりあえる人たち。で、それが集まった組織が夜灯。トップは灯守って呼ばれてる」
何この厨二病満載な話。怪しくてしょうがない。
「で、それがどうしたっていうんですか。厨二病ですか。それともカルト宗教ならお断りです。」
「厨二病や宗教なんかじゃないさ。ましてや不審者だなんて。その夜灯にいる俺等祓人たちは、夜な夜な街を飛び回ってはこうやって魔にのられた人たちを救ってるの。だけど、やっぱ夜ってなかなか人が集まらないし、結構危険だから人手が足りなくってさ。しかも適性とかもあるから誰でもいいってわけじゃないし」
「それで、簡単に適性ありとわかった僕を入れたい、と」
「そうそう。わかってくれる? ほら、ヒーローみたいでかっこよくね? 見えない敵と戦うとかロマンじゃん。お前も男の子だろ? わかるよな?な?」
僕の手をとって鼻息荒く語る海斗さんがどんどん僕に近づいてくる。
「近いですって」
ぐい、と顔を押し返すと、ぐえって声がのけぞった。
「でも。気にならないって言ったら嘘なんだろ?」
押し返された状態でよく言える。が、嘘じゃない。僕は小さな頃から憧れを捨てられずにいる。かっこいいスーツを着て戦うヒーロー。自在に多種多様な武器を使って敵を薙ぎ払う。たくさんの人が慕って、たくさんのひとを救う。そんなヒーローを夢見たことはある。でも、それは遠い昔の話。ヒーローなんていないし、いても僕を救ってはくれなかった。今はそんなヒーローを妬んでいる。
「お前が救いの手を差し伸べられたかったように、誰かが、お前が救ってくれるのを待ってる。死のうとしたお前が、誰かの命の灯をを守るんだ。やらなきゃ誰かが死ぬ。それだけだ」
月見里さんが、静かに、僕の思考をついてくる。誰かが死ぬかもしれない。僕がやらなきゃいけない。脅しだ。世界の誰かを人質にしやがって。⋯⋯でも、そいつは僕の人生には関係ないのでは。僕が祓人にならなければ、出会うことがないかもしれない。別の誰かがやるかもしれないし。
「自分に関係ない、とでも思ってるだろうが、そうじゃないぞ。その人のつながりの線を辿っていけばいずれ自分にたどり着く。それに、その誰かが死んで悲しむやつがいる。しかも、お前はこの先事件や事故のニュースを見るたび、ここで断ったという過去が「自分のせいで」って自己嫌悪に引きずり込むかもしれない。それでも、知らないふりできるか? 」
思考をよんでいるかのようだ。彼は僕の肩を掴んで、眼が僕をとらえて離さないまま、続ける。
「誰かがやるって思っていても、それは間違いだ。実際俺等は救えていない命もある。手が回らなかったところがある。お前みたいな、そう言う考えでほったらかすやつが多ければ、その人は救われない」
実際そうなのかもしれない。もしあの影が、何かを傷つけているのなら、いろんな統計の話の辻褄が合う。自殺者や事件の件数は減っているそうだけれど、なくなってはいない。下がりきっていないのが、もし彼らの限界だからだとしたら。
ただ、人を殺しかねないようなやつら、しかも正体もよくわからないやつ相手に戦うのは恐ろしい。生きて帰れないかもしれない。死のうとしたとはいえ、影がなくなった今は生きたい。
「だいじょうぶだ。俺だって4年はやってるが生きてるぞ。それに、死にかけたのは俺もだ。夜灯にはそういうやつはいっぱいいる」
「えっ」
まさか。こんな明るい、うるさい人が。主人公みたいな人が。
「まさかと思うだろ。でもな、そういった場面で適性がわかることも多いんだよ。それに、闇雲に奴らを祓っても取り込んだ本人がまた前を向けるようにしなきゃいけないし。影の冷たさや苦しさを知ってるからこそ、灯りがどれだけ眩しくてあたたかいかわかるんだよ。ヒーローはいつも強がってるように見えるだろうけど、そんな順風満帆な物語はないだろ?」
僕は彼が笑って話すその言葉がやけにすとんとお腹に落ちていくのを感じた。そうかもしれない、そうであってほしい。願望にも似た同意が、そうさせたようだ。
「なあ、一緒に、戦ってみないか?俺は、お前と一緒に奴を倒した時から、いけるって思ってるぞ」
にか、っと屈託ない笑みで手を差し伸べる彼が、僕には眩しかった。僕だってその灯りがほしい。この体の温かさを手放したくない。でも、怖い。自信がない。
「大丈夫。それに居場所になるかもしれない。戦闘はできなくても、いくらでも俺らと一緒に戦う方法はある」
そういうと僕の手を取って立ち上がらせて、
「明日この場所に来てくれ。それをお前の答えにするよ」
そういって彼は小さなメモを僕のポッケにねじ込んで、夜の闇に飛び込んでいった。