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おまる
警察での事情聴取を終え、ようやく辿り着いた私のマンション。
鍵を開けることすらままならない私の代わりに
高瀬君がドアを開け、私をゆっくりと寝室のベッドへ座らせてくれた。
「……あ、りがとう。高瀬君。もう、大丈夫…帰って、いいから…た、タクシー代なら渡すから」
精一杯の虚勢を張る。
けれど、膝の上に置いた手は、まだ自分のものとは思えないほどガタガタと震え続けている。
部屋の明かりが、私の惨めな姿を冷酷に照らし出していた。
「帰れるわけないじゃないすか。こんな状態の凛さんを置いて」
高瀬君は私の言葉を無視して、キッチンから持ってきた白湯を差し出した。
いつもの明るい声ではない。
深く、どこか怒りを含んだような、でも限りなく優しい声。
「……話して、くれませんか?あの男との間に、何があったのか。俺、許せないんです…凛さんみたいな人が、金を巻き上げた最低な女って扱いをされるのが」
温かいコップの熱が、指先から少しずつ私を現実に繋ぎ止める。
私は逃げるのをやめた。
今、彼を追い返して一人になったら、私は一生、この暗闇から抜け出せない気がしたから。
「……高瀬君は、信じてくれるの…ね」
ポツリ、ポツリと、私は澱を吐き出すように語り始めた。
数年前、まだ私が今の会社に入る前のこと。
宏太との同棲。繰り返されるDV。
彼が他の女を部屋に連れ込み、浮気をした
それを問い詰めると、私を殴って「お前に魅力がねぇのが悪いんだろ?」と笑っていたこと。
私は死ぬ気で証拠を集め、弁護士を立てて徹底的に戦った。
慰謝料も、治療費も
奪われた生活のすべてを法の名の下に毟り取って絶縁した。
「……強がってないと、壊れそうだったの。あんな男に屈したままでいたくなくて…必死に『完璧な女』を演じてきた。でも……」
視界が歪む。
一度溢れた涙は、もう止まらなかった。
「……っ、怖かった……。また、全部壊されるのが…本当は、毎日……足が震えるくらい、怖かったの……!」
シゴデキの課長でも、鉄の女でもない。
ただの、傷ついた一人の女として、私はベッドの上で声を上げて泣いた。
「凛さん……」
不意に、強い力が私を包み込んだ。
高瀬君が、ベッドに座る私をそのまま、壊れ物を扱うような手つきで強く抱きしめていた。
厚い胸板から伝わる、トク、トクという力強い鼓動。
「…俺が、あんたのこと守りますから、一人で背負わないでください」
彼の指が、涙で濡れた私の頬を優しく撫でる。
その指先の熱に、私は抗うことができなかった。
むしろ、もっと触れてほしいと、無意識に彼の服の袖をぎゅっと掴んでいた。
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