「あまりベタベタくっつかないで下さい。不快です。しゃきっとして下さい。それでも、偽物聖女ですか」
「それ意味分かんない。でも、嫌なの。人混み苦手なの忘れてた」
私は、エルにべったりくっついて、会場まで着た。会場の隅の方で、輪の中に入っていくことも、誰かに喋りかけにいくことも、知り合いを見つけに行くことも出来なかった。だって、人が多いところが苦手だから。
色んな音と匂い、話し声がして、頭がぐわんぐわんしてしまう。エトワールの身体だからそういうのはないと思っていたんだけど、前世の私の過敏性を引き継いでいるのか、音や匂いには敏感だった。それが、とても苦しい。
あのリースと共に吐き出された大広間には今日は沢山の人がいて、料理や飲み物が置かれている。パーティーとはいえ、今日は結婚パーティーなのだから、主役は違うだろうと、大声で言いたい。でも、そんな気力さえなかった。
「私は忙しいといいましたよね。離してください。ここで叫んでもいいんですか」
「そうしたら、エルも目立っちゃうね」
「……」
「でも、いや何だって一人にしないでよ」
「だから、貴方のメイドじゃないって言っているじゃないですか。なら、前のメイドに……ああ、でも今は貴方のメイドじゃないでしょうね。ご愁傷様です」
「また、嫌味……でも、会わせる顔がないのはそうだから、まあ、その通りなんだけど」
リュシオルのことを言っているのだろう。エルは何処まで私の交友関係を把握しているのか。じゃなければ、リースとか、トワイライトのこととか出てこないだろう。まあ、誰かから聞いているとして、それは置いておいて、一人にしないで欲しかった。だから、彼女のメイド服をぐいぐいと掴んだが、彼女は、何度も私の手を叩いてきた。手袋の上からだったけどその痛みはしっかりと伝わってきて、私は離してしまった。その好きにエルはたたたっと走っていてしまった。
「ちょ、ちょっと……」
手を伸ばしたが、さすがに追いかける気力はなくて、私はその場で立ち尽くした。まだ誰も私の存在に気づいていないようで、会場に隅で気配を消していた。気づいたとしても、気味悪がってよってこないか、嫌味を言うためだけによってくるかの二択だろう。どっちも嫌だけど。だから、見つかりませんようにと思っていると、誰かが私に向かって歩いてくる足音が聞えた。咄嗟に逃げないと、隠れないと、と思ったが、その必要はなかったようで「エトワール様」と優しい声で私の名前を呼んだ。
「ブライト?」
「お久しぶりです。エトワール様……」
眉を下げて、そう挨拶したのは、黒髪をハーフアップにした美青年ブライト・ブリリアントだった。少しやつれているようにも見えたが、彼はいつもと同じように薄い笑みを顔に貼り付けて、いたって何も変わっていないと私に伝えてきていた。手にはグラスが握られており、スパークリングワインのようなものがはいっている。
彼もここに来ていたんだ、と思うと同時に、私に話し掛けてもいいのか。欲私を見つけることが出来たなあ、なんてぼんやり思っていた。彼とはどんな別れ方をしたか思い出せない。けれど、離したのは随分と前だった気がする。
「ぶ、ブライト、なんで……」
「僕も呼ばれていたので。元々、付き合いが悪い方で、人といるのも辛くてこうして逃げてきているんですが、エトワール様を見つけたので」
「そ、そう……」
「侯爵家……ファウダーの件と、父上の件がありますから尚更」
と、ブライトは悲しそうに言った。
ブライトの家は、混沌やヘウンデウン教によって滅茶苦茶になった。混沌は実際悪い奴じゃなくて寂しい悲しい存在だったのだが、ヘウンデウン教に荷担した、という事実は変わらず、ブライトの父親は、帝国を裏切ってヘウンデウン教について。それが周りに明るみになって、当主であるブライトが全部背負うことになったのだと。
ブライトはそれから、立場が悪くなっていっていたし、私と同じような扱いを受けていたときもあった。だから、彼の言葉は信じてもらえないと。
(ブライトが悪いわけじゃないのにね……)
家の責任だから、彼がそれを全部背負うと。それはあまりにも辛すぎるんじゃないかと私は思ってしまったのだ。けれど、彼はどうにか、ブリリアント家が立て直るように頑張っていて。私が同情しても何も変わらないのだけど。
「その……さ、ブライトは同情とかいやだろうけど、その……大変、なんだよね」
「僕なら大丈夫ですよ。気にしてくださってありがとうございます」
「……だって、誰も悪くないじゃん……いや、いって良いのか分からないけれど、ヘウンデウン教にその、お父さんが荷担したのは、見過ごせない、かもだけど。それで、ブライトが関わっていたってそれは話が違うんじゃない?」
いわないべきかと思ったが、流れてきに私は言っておいた方がいいのではないかと口にした。彼が傷ついたら私のせいなんだけど。
ブライトは、私の言葉を聞いて、薄く笑うと、何処か諦めたように笑っていた。
「どうして、狂ってしまったんでしょうね。父上も……ブリリアント家も」
「ブライト……」
「でも、それがファウダーのせいだとは思いません。あの子は、例え混沌だったとしても、僕の弟ですから」
「……っ」
ブライトはそう言いきって今度は明るい笑顔を見せてくれた。ブライトはファウダーが混沌だと知ってから、ころすべきか、ころさないべきかで迷っていた。そうして、そんな迷いから、災厄を引き起こしてしまったのではないかと自分を責めていたらしい。実際に彼と関わってみて、彼がブラコンなんかではなくて、周りに被害が出ないように偽っていた、弟に対しても、周りに対しても優しい人だと言うことが分かった。ブライトの印象も、初めて比べて大分変わったのだ。ブライトには、ファウダーの顛末について教えて納得して貰ったが、それでもやっぱり心残りと言うものはあるみたいで、今でもファウダーのことを思っているらしい。
兄として、それが正しい形だと思う。それに、ブライトがファウダーを嫌っていなかったという事実だけでも、ファウダーは救われるんじゃないだろうか。
(でも、もし、ブライトの家が皆幸せになる未来が世界があったとしたら……)
もしもを考えてしまえば幾らでも出てくる。でも、人生は一度きりだからそんなあの時、こう動いていれば、何て言う屁理屈は通じない。だから、一秒一秒噛み締めないといけない。
私が今こうなっているのも、もう取り返しがつかないだろうし。
マイナスになっちゃダメだと自分に言い聞かせて、私はもう一度ブライトを見た。彼はにこりと笑っていて、何だか冷たくなっていた心が温かくなった気がした。はじめは、嫌いな笑みだったんだけどなあ……
「エトワール様のおかげで救われたと思います。ファウダーも……勿論、僕も」
「そんな、私は対した子としてないし、望むなら、ファウダーがこの世界にいればいいなって思って……で、でも、その混沌がいたら、災厄がっていうのはわかる……から、難しいなって思って」
「そうですね。この世界のバランスをとるために必要なんでしょうね。混沌も、女神も。もしかしたら、誰かが設定した世界の中で生きている、僕らは物語上の登場人物に過ぎないかも知れませんね。舞台設定、とか」
「え!?」
「どうしたんですか、エトワール様」
ブライトが小首を傾げて聞いてくる。それはまとを得ていたからだ。
(え、え、本当に攻略キャラがこの世界の真相にたどり着いちゃったってこと!?いや、でも、仮定の話だしなあ……)
と、私は、愛想笑いをして誤魔化した。ブライトは不思議そうに私を見ていたが、またいつもの顔に戻って後ろを振返った。皆私達のことは気にならないらしい。それか、分かっていて避けているかのどちらかだ。
「エトワール様も、飲み物持ってきましょうか?お酒、大丈夫です?」
「えっ、えっと、いや、今飲み物とか、いらない……かも。お腹も空いてないし、お酒、苦手だし」
そういって断ろうとブライトに首を振ると、盛大にぐぅうう……とお腹の音が鳴った。
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