時間は朝の10時頃。
今日は依頼を受けないので、この時間になってからようやく宿屋を出たところだ。
朝食も遅めにしたため、食堂はがらがらだった。
とても快適だったけど、早朝が慌ただしい街……という印象が強くなったかな。
「……さて、まずはどこに行きましょうか。
エミリアさんは何か、希望はありますか?」
「無いです!」
えっ。
「えっ」
エミリアさんの勢いに、脳内と実際の台詞がリンクしてしまう。
「あ、いえ……ちゃんと考えたんですよ!?
でも、この街ならではのところは特に無いなぁ……って」
「この街ならでは、ですか」
「いつもでしたら礼拝堂とか図書館とか、そういったところに行くのですが――
……それは別に、この街ですぐにでも行きたいところではありませんから」
確かに鉱山都市でどこかに行く……となれば、鉱石や鍛冶が関係するところにしたい。
今日は三人で一緒にまわる予定だから、あまりに自分中心的な希望は出しにくいだろう。
「うーん、言いたいことは分かりました。
アクセサリ屋みたいなのって、どうでしょう。ありますよね?」
「むっ」
「アクセサリ屋なら何件もありますよ。この街は彫金も盛んですから。
女性にはそういったお店も人気がありますね」
「だ、そうですよ!」
「それでは、どこかのタイミングで寄ってみましょう!」
「では、エミリアさんの希望はアクセサリ屋……ということで。
ルークはどこか、行きたいところはある?」
「いえ、無いです」
えっ。
「えっ」
……またやってしまった。
「いやいや、ルークこそ色々あるんじゃない?
ほら、剣とか防具とか」
「ああ、そうですね……。
しかし剣は使い慣れているものがありますし、防具は今くらいが丁度良いですし……」
ルーク君、君は少し欲が無さすぎじゃないですかね?
……と思ったところで、私はふと気が付いた。
これって、もしかしてお金の心配をしているんじゃないかな……?
ルークとエミリアさんの旅費は私持ちになっているし、そもそも手持ち自体がそんなに多くは無い。
高価なものを見てもどうせ買えないだろうし、それなら最初から見なくても――
……みたいな考えかもしれない?
でも、そういう気遣いは本当に要らないんだけどなぁ。
むしろ欲しい武器の2本や3本、言ってくれれば金策も頑張れるというのに……。
「……そういうアイナ様は、どこかご希望が?」
言葉の隙間を縫って、ルークが聞いてきた。
「あ、うん。まずは宝石屋に行きたいかな?」
「おぉ」
「わぁ、アイナさん、女の子らしい!」
「それと鉱石を色々見てみたいかな。
……って、え? ……あの、錬金術の素材的な意味で」
私を温かい目で見るルークとエミリアさんには申し訳ないけど、私は女子力よりも錬金術を取る人間だよ?
ちなみに二人は、『あ、はい』みたいな表情になってしまっている。
勝手に期待して、失望するのはやめて頂きたい。
「それじゃ、まずは宝石と鉱石を見て、その後は武器屋と防具屋。
最後にアクセサリ屋に行きましょうか」
「アイナ様、武器屋と防具屋は――」
「私が行きたいの!」
「そ、そうですか。失礼しました!」
私のゴリ押しに、ルークは素直に屈する。
「昼食はキリの良いタイミングで。
全部まわれば、夕方くらいにはなっちゃうかな?」
「そうですね!
他にも行きたいところが出来たら、別の日にしても良さそうです♪」
「ですね!
それではそんな感じで、まずは宝石屋へ行ってみましょう!」
私たちは今日の予定を決めて、ルークの案内で宝石屋に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宝石屋に入ると、たくさんのショーケースの中に、色とりどりの宝石がズラリと並んでいた。
「おお、さすがに凄いショーケースですね」
「本当ですね。さすがって感じです!」
ルークとエミリアさんが、お店に入った早々、しきりに感心している。
……え? 宝石よりも、ショーケース?
壮観ではあるけど、何が凄いのかな……?
私はエミリアさんに、小声で聞いてみることにした。
「エミリアさん?」
「はい?」
「……ここのショーケースって、何か凄いんですか?」
「えっ」
「えっ」
せっかく小声で話し掛けたのに、この時点で台無しになってしまった。
そこへルークも入ってきてしまう。
「どうかされましたか?」
「いえ、あの。
アイナさんが、ここのショーケースは何が凄いのかって……」
「えっ」
連鎖する『えっ』。
「……えっと。
アイナ様、ここのショーケースはガラスが箱型になっていますよね」
「うん、なってるね」
「とても澄んだガラスですよね。しかもこんなに大きくて」
「うん、そうだね」
「えっと……ここのフチのところまで、全部ガラスで出来ていますよね?」
「うん。……それで?」
「……。
エミリアさん、ダメでした。分かって頂けませんでした……」
ルークは手でも、『ダメでした』というジェスチャーをしている。
「うーん? 私の生まれたところだったら、別にこれくらい普通だったけど。
むしろ、これより大きいショーケースだって――」
「……なるほど。
アイナさんの生まれたところでは、そうだったんですね」
「そうでした、アイナ様でした……。
そうなんですね、これくらいは普通だったんですね……」
……察するに、どうやら文明のレベルで生まれたギャップだったようだ。
日本だと街中の宝石屋でも普通にショーケースがたくさん並んでいるし、そもそも普通のお店だってガラスのショーケースが並んでいる。
それを前提に話をしていたのが問題だったわけだ。
話を聞いてみれば、ガラスの加工技術は広まっているものの、一般のお店にはまだまだ浸透できていないそうだ。
買えないほど高価なわけではないが、破損することを考えると、なかなか大量には導入できないらしい。
そんな背景から、高価なショーケースをたくさん置いているこの宝石屋はスゴイ!
……と、そういう話だったようだ。
それを理解するだけで、長い時間を使ってしまった……。
「まぁ、アイナさんですしね」
「そうですね、アイナ様ですし」
エミリアさんとルークは小声で話しているけど、全部聞こえているからね?
「……可能であれば、エミリアさんとルークも、私の生まれた国に来てもらいたいですけどね」
私はぼそっと呟いた。
元の世界であれば、ガラスのショーケースどころではない。
高いビルが立ち並んでいるし、便利な乗り物があちこちを走っている。
スマホもテレビもある。
この世界には無いものが、たくさんあるのだ。
それを二人に見せたら、どんな反応になるのかな?
とても楽しそうだけど、そんなことは出来るはずもない。
何せ、世界自体が違うのだから――
「……そうですね。機会があれば、是非とも」
ルークは穏やかな顔でそう言った。
どうやら、何かを察しさせてしまったようだ。
「ふむぅ……。
アイナさんの国なら、美味しいものもたくさんありそうですよね」
エミリアさんの発想はいかにも彼女らしいが、それも確かにその通りだ。
食べ物だって、色々ある。
できることならエミリアさんにはたくさん食べてもらって、たくさんの感想を聞かせて欲しいところだ。
「……っと、それよりも今は宝石ですよ!
ほらほら、たくさん並んでいますし、高級感を味わっていきましょう!」
「そうですね!
それで、アイナさんはどういったものをお探しですか?」
「えぇっと、何か素材に使えそうな――」
……そこまで言って、とっさに言葉を止める。
エミリアさんの視線から、何かを感じ取ってしまったからだ。
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