「1番以外はみんな一緒だ。2番なんてなんの意味もない」
ひとり言みたいに呟かれた言葉。
頬杖をついたその横顔に、はっきりとした表情はなく、きゅっと結ばれた唇はその後何も言おうとはしなかった。
俺は何か、彼を慰めるのに適当な言葉を探したのだけれど、すぐやめることにした。
彼の1番ではない俺が何を言ったって、きっと彼にとったらなんの意味もないだろうから。
しばらくの沈黙のあと、やっぱり誰に言うでもなく、彼は再び呟いた。ともすれば聞き逃しそうなくらいに、とても小さな声で。
「1番じゃなきゃ…」
「誰が決めるの? 1番だって」
それは、頭の中で探し回った言葉ではなかった。俺は殆ど反射的に、そう尋ねていた。
阿部ちゃんが顔を上げる。ゆっくりとこちらを向いたその表情は、まるで俺の存在にたった今気が付いたみたいだ。
「照に、決まってるでしょ?」
他に誰がいるのだ、とでも言いたげな顔で阿部ちゃんは答えた。
「岩本くんが言ったの? お前は1番じゃない、2番だって」
「そんなの、見てたらわかるじゃん」
「阿部ちゃんの物差しで見たら、の話だろ?」
互いの口調が、次第に加速していく。
「優先されないのに、1番なんてことあるの?」
ありったけの不満がこめられた瞳。俺のことを睨みつけているようでいて、その瞳が見ているのは決して俺ではないのだ。
そんな眼差しを向けられると、胸の中が、どうしようもなく熱くなった。チリチリ、焼ける音が聞こえるような気がする。
「優先されればそれで1番なの? 他の人より自分が優位に立ってるって、阿部ちゃんが感じられたら、それが1番?」
「そんなの知らないし…もういいよ、お前と喋ってると頭がおかしくなりそうだ」
小さくかぶりを振って、阿部ちゃんはこの会話を終わらせようとしている。右手で頭を掻き毟るような仕草をしながら、俺から顔を背けて続けた。
「だいたい、めめには関係ないだろ」
と、吐き捨てられた言葉はまるで鉛みたいに、俺の心の中に沈んだ。
阿部ちゃんはもうこの会話を続ける気はないらしく、ポケットから取り出したスマホを操作し始めている。
関係なく、ない。
「………」
関係ないわけない。
だって俺は、阿部ちゃんのことが好きなんだから。
そんなに1番にこだわるのだったら、俺にとってのそれに、もうとっくになっているのに。
そう心の中で答えながら、俺のこの気持ちなんて、これっぽっちも阿部ちゃんへは伝わらないんだってことが虚しかった。
1番だったら、そんなささいな心の機微さえも伝わるんだろうか。それが、誰かの1番だってことなのだろうか。
「…ああ、そうか」
「え?」
「いちばん、じゃなかったら、思いを伝えることもできないんだ」
確かに、肩透かしを食らうくらいなら閉じ込めてしまうだろう。
誰にも知られることがないものは、はじめから存在していないのと同じだ。自分の中には確かにあるはずなのに、自分以外の誰にも証明ができないのだから。
行き場のなくなった思いは、その後どうなるんだろう。
顔を上げると、阿部ちゃんの泣きそうな瞳と目があった。頭のいい彼だから、俺の考えていることがわかったのかもしれない。
黙ってこの場から離れようと立ち上がった阿部ちゃんを追いかけて、その細い手首を咄嗟に掴む。
「何…?」
「俺は、ちゃんと知ってるから」
「は?」
「そうしたら、少しは、つらくないかなって」
阿部ちゃんの眉間に皺が寄る。今にも零れそうな涙を必死で堪えながら、阿部ちゃんは俺の手を振り払って行ってしまった。
扉が閉まるまでを見届けてから、脱力して大きくため息をつく。
「…俺だって泣きたい」
1番を、たった1人の、特別、を、求めることが、こんなに苦しいなんて。
恋をするまで、こうして、深く誰かを愛するまでは、こんな気持ちなんて、俺たちは知らなかったのだ。