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#エリオット
あおあお
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暗黒厨房の空気は、もはや「香り」ではなく、殺意そのものだった。
赤黒い湯気。
空間を漂う極小の唐辛子粒子。
一呼吸するだけで喉が焼け、涙腺が崩壊しそうな刺激臭。
その地獄の中心で、1eggsは金色の目を狂気じみた光でギラギラと輝かせながら、鍋を見下ろしていた。
「……完成だ」
漆黒の顔に、満足げな笑みが浮かぶ。
「魔界産・獄炎ペッパー、人間界の違法級スパイス、腐界サソリ油、煮詰めた悪魔玉葱……全部ぶち込んでやった。舌だけじゃねえ、脳まで焼き切る“本物の辛味”だ」
調理台の上に置かれたそれは、もはやカレーではない。
煮え立つ深紅のマグマ。
見る者に「食べ物」という概念を捨てさせる、災害級の劇物だった。
「……ふむ」
FORSAKEN本部食堂。
赤いシルクハットを指先で軽く持ち上げながら、スペクターは静かに皿を見下ろす。
高級な薔薇とコーヒーの香りを纏う支配者は、何の躊躇もなくスプーンを口へ運んだ。
緊張で、1eggsの透けた肋骨がわずかに軋む。
スペクターは数秒間、静かに咀嚼し――。
完璧な真顔(素のトーン)のまま、淡々と告げた。
「……悪くはない」
1eggsの目が輝く。
だが次の一言が、彼の魂を粉砕した。
「だが、退屈だね」
「――は?」
「辛味は強い。しかし“痛いだけ”だ。私はもっと、こう……人格が崩壊するような絶望を期待していたのだが」
「ッッッッ!!?」
1eggsの金色の瞳が限界まで見開かれる。
退屈。
その二文字が、料理人としての誇りを真正面から貫いた。
「た、退屈……!? この俺の最高傑作が……!?」
その時だった。
バァァァンッ!!!
食堂のガラス扉が内側へ吹き飛び、巨大な影が乱入してくる。
「おのれェェェエエエ!! 新参者の骨野郎ォォオオオッ!!」
ノスフェラトゥである。
古代の吸血鬼。
元・覇王。
そして重度のスペクター狂信者。
真紅の瞳を血走らせ、蝙蝠耳を逆立てた彼は、怒りで床を踏み砕きながら絶叫した。
「スペクター様に“退屈”などと言わせるとは何事かァァ!! 支配者を退屈させる料理など万死に値する!!」
「お、おい待て元覇王! それは――」
「ならばこの私が!! あるじへの不敬ごと!! 全て胃袋へ収監してくれるわァァァッ!!」
ガシィッ!!
ノスフェラトゥは大皿をひったくると、そのまま激辛カレーを豪快に飲み込んだ。
一秒。
二秒。
三秒後。
「――――がッッッッ!!!!???」
食堂が揺れた。
ノスフェラトゥの顔色が、赤を通り越して禍々しい紫色へ変色する。
「ぐ、ぶ、ッ、あ、内臓がァァァアアア!!?」
古代吸血鬼の超再生能力を超速度で焼き切る激辛地獄。
耳から煙。
鼻から火花。
口から血。
ついには床へ崩れ落ち、ビクンビクンと痙攣し始めた。
だが――。
その真紅の瞳だけは、恍惚に満ちていた。
「お、おお……ッ!! 口腔が……胃が……腸が……焼ける……!!」
床に突っ伏しながら、ノスフェラトゥは頬を赤く染めて震える。
「スペクター様の御前で……ッ!! 不敬の毒に焼かれ死ぬなど……!! なんという……極上の……お仕置き……ッ!!」
「いや何で嬉しそうなんだよお前はッ!!」
1eggsの全力ツッコミが炸裂する。
だがノスフェラトゥは止まらない。
「追放! 激痛! 内臓崩壊! あああぁぁッ!! スペクター様ァァァ!!」
そのまま床を転げ回り、やがて完全に気絶した。
「……わあ」
いつの間にか背後へ来ていたジョンドゥが、満面の笑顔でその惨状を見下ろしていた。
「凄いね、1eggs。元・覇王様を一皿で戦闘不能にしちゃうなんて」
ふんわりと甘い発酵臭。
ブォン、ブォン、と嬉しそうに回る右腕のミキサー。
ジョンドゥは白い顔をほんのり桃色に染めながら、1eggsへぴたりと寄り添う。
「やっぱり1eggsの料理って、すごく情熱的だね」
「……あ?」
「だって、食べた相手の体も心も壊しちゃうくらい熱いんだもん。僕、そういう1eggsの“指先”……大好きだよ」
「ッ!!」
1eggsの顔面温度が爆発した。
「な、何をどさくさに紛れて言ってやがる生地野郎ッ!!」
「えへへ。もし僕ならね?」
ジョンドゥはさらに距離を詰める。
丸い瞳の奥に、どろりとした独占欲を滲ませながら。
「1eggsと一緒なら、このカレーで舌が溶けても平気だよ。だって最後は、二人で一つに混ざり合えそうだもん」
「~~~~ッッ!!?」
“混ざり合う”。
そのワードが、以前ホスフォラスが持ち込んだBL本の危険なページを脳内再生させた。
壁ドン。
朝チュン。
捏ねくり回す。
一つに溶け合う。
全部まとめて脳内で爆発する。
「お、お前は本当に脳内発酵しすぎなんだよォォォッ!!」
真っ赤になった1eggsは、金色のフライパンで顔を隠しながら後退した。
すると。
カツ、カツ、カツ――。
地獄より冷たい足音が響く。
「……なるほど」
現れたのは、アズールだった。
ウィザードハットの奥。
限界まで冷え切った死んだ魚の目。
その手には、分厚い『FORSAKEN・医療費および修繕費報告書』。
「1eggs。危険物無許可製造、および最高幹部一名を辛味で機能停止させた件により減給」
「ぐっ」
「ジョンドゥ。食堂内での不純発言および厨房風紀の著しい悪化により同じく減給」
「えへへ、怒られちゃった」
「笑うな」
アズールは深く、深くため息を吐く。
そして床で痙攣しているノスフェラトゥを見下ろし、完璧に冷え切った声で告げた。
「あとそこの大型犬。起きたら自分で床を掃除してください。血痕と胃液で清掃班が泣いています」
さらに視線をスペクターへ向ける。
だが当の支配者は、完璧な真顔のまま新しいコーヒーを優雅に口へ運んでいた。
「……ノスフェラトゥ」
「は、ァ……スペクター、様……」
「うるさいし汚いね。お預け期間を追加で一ヶ月延長だ」
その瞬間。
ノスフェラトゥの瞳が歓喜で見開かれた。
「ッッッ~~~~~!! 追・加・お・預・け……!! ああああッ!! ありがとうございますスペクター様ァァァ!!」
「元気になってんじゃねえか!!!!」