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冷たい。
ここは何処。
浮遊感を私の体に感じる。
沈んでいくみたいに落ちていく。
手を伸ばしても誰にも掴まれず、手を探ってみるけど何も触れない。
私の口から空気が漏れるように肺が苦しくなる。
息をしようとしても入ってくるのは水だけ。
私は海の中にただ静かに沈むだけだった。
この苦しさを何度味わえばいいのだろう。
そんなことを思いながらも私の意識は途絶えてしまった。
目を覚ますと見慣れた天井。
見慣れた部屋。
私は布団から足を出して部屋の戸を開けた。
見慣れた家族。父に母に兄が食卓で私を待っていた。
もう何回食べたのかも忘れた朝食。
同じ味。
飽き飽きしてしまう。
リュックサックに数冊の教科書を入れ、いつも通りのセミロングの髪をストレートに下ろす。
いつも通りの「私」を姿見で見ると気持ち悪くなる。
私は「私」が大嫌いだ。
古びた校舎、年老いた先生。
教室のベランダから見える校庭ではクラスの陽キャラが騒いでいる。
少し目線をあげるとそこには何百年、何千年と変わらない海と空。
いつもと同じ。
いつもと同じ、面白味のない世界。
「ひーな!」
待っていましたと言わんばかりの聞き慣れた声。
「おはよう、奏汰」
彼はまるで太陽のように私に微笑みかけている。
まるで、この世界を愛しているかのように、。
私の大嫌いなこの世界を。
チャイムが鳴ると生徒が一斉に自席に着き始める。
私も席につきぼーっと黒板を眺めた。
すると隣の席から私を呼ぶ声が聞こえる。
無言で小説を取り出し彼に差しあげた。
彼は驚きと嬉しさを全開にして私に、ありがとうと小声で言う。
私が開いた小説は『世界の終わり』というもの。
まるで私のよう。
水平線にはこれでもかと言うほど真っ赤に染まった夕日が光っている。
そんな景色を横目に私は駅へと足を運ばせる。
改札を通り電車に乗ると目の前には会社終わりのサラリーマンやOL、他校の学生などが座っている。
この時間帯はある程度空いているから席に座れる。
電車の窓越しにでも感じる日の温かさ。
心地よくて眠気が襲ってくる。
この人生に、世界に疲れて何もしたく無くなる。
家に帰ると何度目か分からないほど見たハンバーグが食卓に並んでいる。
八月上旬。
夏休みのはずが予備校や部活で毎日学校に行く生徒達。
予備校があるのなら夏休みなどいらない気がしてならない。
その代わりに課題が少ないのは不幸中の幸いだろう。
肩からリュックサックを下ろし髪の毛を結ぶ。
階段を降りる途中兄が玄関の戸を開け中に入るのが目に入る。
「ただいま、」
何も話したくない、何もやりたくないわたしに返事をするのは不服な事。
渋々と視線を落として返事をする。
「、おかえり」
そのままリビングに行くと兄が2階へ上がるのが横目で見える。
リビングにはコーヒーの匂いが漂っていている。
黙って席に着くと母が私の前に箸を置いた。
ありがとうと素直に言えれば良いのに言葉が出ない。
兄が座席に着いたと同時に食事が始まった。
何度も口に運んだハンバーグの味が私の口の中に広がる。
美味しいなどひとつも感じない。
私は席を兄から少し離して立ち上がる。
そして私はお茶を取りに冷蔵庫へと足を運ぶ。
その途中で母の声が聞こえた。
「あ!」
振り向くと兄がお茶をこぼしている。
それも私の席の方向に。
分かっていたから立ったのだけれど。
兄は慌ててタオルを取りに行きテーブルを拭く。
母も父も呆れた顔で兄を見る。
私はそのまま席につき食事を再度開始した。
蝉の鳴き声が暗闇の中響いている。
目を閉じると不安が大きくなっていく。
またあんな苦しい思いをしなければならないのかと思うと辛くなる。
冷たい水の感覚。
息ができず酸素が無くなるあの瞬間。
目を開けても何も映らない暗闇。
手を伸ばしても誰にも助けて貰えない孤独さ。
そしてただ静かに沈んでいくだけの私。
考えただけで気持ち悪くなる。
私の瞳から涙が溢れる。
勝手に溢れ出てくる。
それは私の思いもしないことで、ゆっくりと頬に垂れる涙が冷たくなるのを感じた。
眠るのが怖い。
明日が怖い。
誰にも理解されない孤独感がたまらなく辛い。
私はいつまでこの夏を生きればいいのだろう。
何度死を、繰り返さなければならないのだろう。
もういっその事永遠に眠りたい。
もう明日が来ない完全な死が欲しい。
私はいつ、死ねるのだろうか。