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放課後の第1体育館。
バレー部のマネージャーではないけれど、私は時々、こうしてギャラリーから練習を眺めている。
「……あ、またやってる」
コートの中、工くんが一段と高い打点からスパイクを叩き込んだ。
決まればかっこいいのに、彼は着地するなり、チラチラと隣のコートにいる牛島さんの様子を伺っている。
「牛島さん! 今の、今の俺のクロス、見てましたか!?」
「……ああ。悪くないが、少しフォームが流れていたな」
「っ……! 精進します!!」
案の定、一蹴されてガックリと肩を落とす工くん。
その分かりやすすぎる背中がおかしくて、私は手すりに身を乗り出した。
「工くーん! 今の、私の中では100点だったよー!」
静かな体育館に、私の声が響く。
工くんはビクッと体を震わせ、首が折れそうな勢いでこちらを見上げた。
「ま、前原!? なんでここに……っ」
「暇だったから。かっこいいエース候補を拝みにきたの~」
私がひらひらと手を振ると、工くんは「拝むな! 集中できないだろ!」と叫びながら、顔を真っ赤にしてボールを追いかけていった。
「おやおや〜? 工⁓、今日も絶好調に振り回されてるネッ」
ネット越しにニヤニヤしながら現れたのは、3年の天童覚さん。
彼は長い手足をぶらつかせながら、工くんの肩に腕を回した。
「天童さん! 別に、振り回されてなんて……っ」
「え~。ねえ、前原ちゃん? 工をあんまりいじめてあげないでネ〜。ただでさえ単細胞なんだカラ♫」
「天童さんまでバカにしないでください!」
工くんの叫びが体育館にこだまする。
私はそれを見下ろしながら、ポケットから飴を一つ取り出した。
牛島さんという大きな背中を追いかけて、必死に、でも真っ直ぐにもがく彼の姿。
からかっているのは本当だけど、その「一生懸命さ」が誰よりも眩しいと思っているのは、秘密だ。
練習の合間、給水に向かう工くんと一瞬目が合った。
彼はプイッと顔を背けたけれど、その歩き方はさっきよりもずっと力強くなっていた。
「……単純で、ばか、_ 」
私は飴の包み紙を剥きながら、小さく独り言をこぼした
昨日の部活での一件以来、工くんはどこか私を意識しすぎている。
今朝も、目が合った瞬間に「お、おはよう前原! 今日は前髪、完璧だからな!」と、聞いてもいないのに宣言して席に着いた。
(……ふふ、意識しすぎ。可愛いなぁ)
授業が始まって三十分。
私はわざと、筆箱の中から消しゴムを抜き取ってカバンの奥に放り込んだ。
「……ねえ、工くん」
隣の席に、そっと囁きかける。
工くんは「ひいっ!」と短く声を漏らし、案の定、肩を跳ねさせた。
「な、なんだ前原。今日は教科書、持ってるだろ! 俺は確認したぞ!」
「持ってるよ。でも、消しゴム忘れちゃって。……貸して?」
嘘だ。カバンの中には予備まで入っている。
けれど、彼は「……お前、忘れ物多すぎだろ」と呆れた顔をしながらも、自分の消しゴムを差し出してくれた。
「ほら。……大事に使えよ、エースの魂が宿ってるからな」
「ありがと。……あ、待って」
彼が消しゴムを机に置こうとした瞬間、私はわざと、彼の手の甲を包み込むようにしてそれを受け取った。
「…………っ!!」
工くんの動きが、ピタリと止まる。
バレー部の練習で鍛えられた、少しゴツゴツして、でも温かい手。
私の指先が彼の肌に触れた瞬間、そこだけ熱を持ったみたいに温度が上がった気がした。
「……工くん?」
「あ、……あ、……」
彼は声にならない音を漏らし、目を見開いたままフリーズしている。
いつもなら「近いぞ!」とか「何するんだ!」と騒ぐはずなのに、今は顔を真っ赤に染めて、呼吸をすることさえ忘れているみたいだ。
私はわざと指先を少しだけ動かして、彼の親指の付け根をなぞった。
「……工くんの手、やっぱり大きいね。指も長くて、かっこいい」
その言葉が決定打だった。
工くんは「がはっ……!」と変な声を出し、弾かれたように手を引っ込めた。
「なっ、何……何を、何を言ってるんだお前はぁぁ!」
小声で叫びながら、彼は両手で自分の顔を覆って机に突っ伏した。
背中まで真っ赤だ。
「……五色、静かにしろ」
前方から、昨日と同じく冷ややかな白布先輩の声(……ではなく、今日は授業担当の先生の注意)が飛ぶ。
工くんは「すみません……」と消え入るような声で謝りながらも、突っ伏したまま顔を上げようとしない。
私は手の中にある、彼の体温が残った消しゴムをぎゅっと握りしめた。
からかっているはずなのに、私の胸の奥も、少しだけ騒がしくなっている。
「……ごめんね、工くん。返しに来る時、また触ってもいい?」
机に伏せたままの彼の背中が、ビクンと大きく揺れた。
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