テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第三章 俺の世界が壊れていく
「おはよ、ミナト」
笑顔が怖いと思ったのは、これが初めてだった。
それはもう、100回目か200回目か、数えるのをやめて久しい“8月5日”。
ヒナノの笑顔も、声も、歩き方も、全部が擦り切れていた。
俺だけが、壊れていく。
世界はそのまま、綺麗なまま、繰り返されている。
「お前、今日が誕生日って知ってるか?」
「え? うん……知ってるけど……」
ヒナノが首をかしげる。
俺は笑った。冗談のように。
「へえ、よかったな」
それだけ言って、通り過ぎた。
*
プレゼントはもう渡さない。
何を言っても何をしても、明日には忘れられる。
俺がヒナノにどんな言葉をかけたとしても、それは全て“リセット”される。
一度、彼女に告白してみたことがあった。
返事は「え……ミナトくん、そういうの、突然すぎて……」
気まずい沈黙が流れて、どちらからともなく会話は終わった。
次の日、また同じ笑顔で「おはよ」って言ってきたとき、
俺は、少しだけ泣いた。
何も届かない。
何も意味がない。
愛おしいはずだった日々が、
ただの記号になっていく。
*
教室の窓から外を見ていた。
青い空が、まるでCGみたいだった。
「空って、こんなに嘘っぽかったか?」と、独り言みたいに口に出して、笑った。
ヒナノが、心配そうに近づいてきた。
「……大丈夫? 最近、やっぱり様子おかしいよ?」
「ヒナノ。お前って、いっつもそれ言うよな」
「え?」
「“最近おかしいよ?”って。何回目だよ、そのセリフ」
「……何言ってるの?」
「もういいって。分かったから。お前は何も気づかないままでいい」
ヒナノは、声を出せなかった。
目だけが、何かを言いたそうに揺れていた。
でも、どうせ。明日になれば、また全部なかったことになる。
だから。
だから俺は、言ったんだ。
「世界って、壊れるときは音もしないんだな」
*
その夜、俺はヒナノの家の前にいた。
家族構成も、誕生日の過ごし方も、全部知ってる。
何回も繰り返してきたから。
2階の部屋の明かりが灯っていた。
たぶん、あそこにヒナノがいる。
俺はポケットに手を入れて、小さなナイフの柄を握った。
……まだ殺すわけじゃない。
ただ、触っているだけ。確認しているだけ。
だけど、このとき、頭の中で確かに芽生えていた。
「お前を消せば、終わるんじゃないか」
って。
そのときの俺はまだ、それが“思いつき”だと思っていた。
まさか、後でそれが“真実”だったと知るとは知らずに。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!