コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
リゼリアの留守を確認し、カイは慎重に研究所の地下へと足を運んだ。
前回、偶然この場所で見つけた少女——レティシア。
彼女の存在が、頭から離れなかった。
あの目……あの声……
檻の向こうで静かに佇んでいた彼女は、何か得体の知れないものを秘めているように感じた。
もっと知りたい。
そんな衝動が、カイを突き動かしていた。
※
「……来たのね」
地下牢の前に立つと、レティシアがすぐに気づいた。
彼女は檻の中、簡素な椅子に腰かけたまま、こちらを見ている。
「……また来てしまった」
カイは自嘲気味に言いながら、檻に近づく。
「あなた……怖くなって逃げたんじゃなかったの?」
レティシアは微笑とも嘲笑ともつかない表情を浮かべた。
「……忘れられなかったんだ」
「……そう」
それ以上、レティシアは何も言わなかった。
カイは檻の鉄格子に手をかけ、じっと彼女を見つめる。
「君は、どうしてここにいるんだ?」
「……敵だからよ」
「敵?」
「そう。……私は魔族を滅ぼすために生きてきたの」
その言葉は、驚くほど静かだった。
まるで、それが疑いようのない真実であるかのように。
「でも……君は人間だろ?」
「人間よ」
レティシアは迷いなく答えた。
「……だったら、僕と同じじゃないか」
「そうね。でも、あなたは魔族の子でしょう?」
カイは言葉に詰まった。
「……分かってたのか」
「見れば分かるわ。……その耳を見れば」
レティシアの視線が、カイの尖った耳に向けられた。
「それに、目も……髪も……」
「……」
カイは俯いた。
自分が人間の死者と魔族の混血であることを、こうも冷静に指摘されると、何か胸の奥がざわつく。
「……それでも、君は僕に冷たくしないんだな」
カイはふと、思ったままを口にしていた。
レティシアは一瞬、目を伏せる。
「……私は、村の教会で育ったの」
「教会?」
「ええ。孤児だった私を、教会が引き取ってくれたわ。村の人たちは、みんな優しかった」
レティシアの表情が、わずかに緩んでいる。
懐かしいものを思い出しているのだろうか。
「……だからかもしれないわね」
「?」
「困ってる子供には、冷たくできないの」
レティシアは苦笑しながら、カイを見つめた。
「でも、私はあなたの敵よ」
「……敵だと思えない」
カイは正直な気持ちを口にする。
レティシアは少しだけ驚いたように目を見開き——
そして、静かに目を細めた。
「……不思議な子ね、あなた」
※
しばらくして、カイは牢を後にした。
扉を閉める直前、レティシアの視線を感じた。
その目が、一体何を伝えようとしていたのか——
カイには、まだ分からなかった。