はい、どうも主です!
えーと、連載始めていきたいと思います!題名は「神様の定食屋」です。
この作品は現実にもある本をネタとして使わせていただいてます。不快な気持ちなる方がいらっしゃいましたら、遠慮なくコメントに書いてください。
それでも良い方は是非見てください。
注意書き
できれば通報はしないでください。
不快な気持ちになる方はあまり見ないでください。
それでも良い方はどうぞ見ていってください。
誤字があるかもです。
それでは、神様の定食屋、第一話「チキン南蛮」前編START!
砂糖と醤油、そしてたっぷりの酢を加えた小鍋に、小口切りにした唐辛子を少々。
弱火に掛けてしばらくすると、茶色い液面の周辺がふつふつと泡立ってきて、辺りにきゅんと甘酸っぱい匂いが漂いはじめる。
そこに、横の中華鍋で揚げていた鶏もも肉を、軽く油を切って放り込む。
じゅわ、と小さな音が弾け、卵の衣に南蛮酢が染み込んでいくのがわかった。きつね色だった衣が、しっとりと酢を吸って、茶色の深みを増していく。
片側にだけ味がしみ込まないように引っくり返したら、今度は付け合わせのキャベツの準備だ。
数枚剥いたキャベツの間に、きれいに洗った大葉を挟み、そのまま千切りにしていく。
まるで打楽器を叩くかのようにな軽快なリズムで、木のまな板がたたたたん、と音を立てた。
速い。でもって、手際が半端ない。
黄緑と濃い緑、二種類の千切りが勢いよく量産されるのを目の当たりにしながら、俺はごくりと喉を鳴らした。
といっても、リズムカルに包丁を打ち鳴らしているのは俺の手だし、合間を縫って、手際よく何バンスから鶏もも肉を引き上げているのもまた、俺の手のわけだが。
(ふふん、「早い、安い、うまい」は、何も牛丼屋の専売特許じゃないのよ。ほら、次はタルタルソース!ゆで卵潰したいんだけど、ボウルはどこ⁉︎)
「あ、はい、すいません!」
呆然としていると、脳裏で勇ましくおばあちゃんの声が響く。
俺はそれに慌てて小さく返事をよこし、”いったん体の主導権を引き戻す”とボウル、ボウル、と厨房の棚に手を伸ばした。いきなり独り言を始めた俺に、カウンターの客が訝しげな視線を寄越すのを、へらっと笑って誤魔化したりしながら。
そう。
今の俺の体は、俺のものであり、おばちゃんのものである。
何でまた、俺がおばちゃんと体をシェアしながら、料理なんかをしているのか。
それを説明するには、時を1時間ほど遡る必要がある。
「ぶえっくしょい!」
しんしんと冷え渡る石畳の上を、そのとき俺は、コートすら羽織らず、長袖のTシャツとジーンズという出で立ちで歩いていた。足元には履き古したスニーカー。安物の靴底は薄く、足元から冷気をがんがんと伝えてくる。
「さみ……」
俺はずずっと鼻を啜ると、寒さを紛らわすために腕を組んだ。
深夜の境内。
昼でさえ参拝者の少ない、地味でローカルなこの神社には、今、静かに立ち尽くす木々と俺しかいない。
はあ、と吐き出した息が白くなるのを、何となく目で追いながら、俺は恨みがましくぼそりと呟いた。
「くっそー…志穂のやつ……。鬼。ドSめ。万年彼氏ナシ女め…」
竦めた肩に顎を埋めるようにして、ぼそぼそと愚痴る俺の姿は、きっと側から見たら惨め以外の何物でもない。わかっていても、俺は妹に悪態をつくのを止められなかった。
俺___高坂哲史には、5歳年下の妹がいる。短大卒業を目前にしたこの妹、志穂は、見た目はそれなりに可愛い方なのだが、まあとにかく気が強く、気象の荒い、じゃじゃ馬なのだ。特に兄を兄とも思わぬ態度なのが頂けない。今こうして俺が神社なんかで頭を冷やそうとしているのも、十分前に、「この馬鹿!」とやつにエプロンを叩きつけられたからだった。
「あげく、『千切りもできないダメダメ兄貴め』だと?ダメダメじゃねぇよ!家族のために仕事を投げ捨てた、ウルトラスーパー素敵な兄貴だよこの野郎!」
つい叫んでしまい、それが意外に境内に響いちゃったりしたもんで、慌てて声を潜める。
本心とはいえ、ウルトラスーパーだとか、大の大人が声高に叫ぶ内容でもないだろう。
「……んだよ。人に気も知らないで」
トークダウンした独り言は、悪態というよりは、傷心の呟きに近い響きを帯びた。
俺が先日、三年務めたそこそこの名の知れた会社のSE職を離れ、「休職中」だなんて身分にジョブチェンジしたのは、志穂__というか家業のためだった。
我が家は、ごくごく一般的なサラリーマン家庭だったのだが、五年程前に、何を思ってたか親父が一念発起。脱サラして定食屋を開いた。昼は十種類ぐらいの定食を、夜はそれにプラスして惣菜をいくつかと、ビールやら地酒やらを提供する、まあどこにでもあるような店だ。
手塩にかけて育てた子供に食べさせるような料理を、という想いをこめて名付けられたらしい定食屋「てしおや」は、冷ややかな俺の評価とは裏腹に、地元にしっかりと定着し、特に昼はなかなかの繋盛ぶりを見せるようになった。駅から五分くらいのところにあるのだが、ちょうど最近、駅周辺に大企業のビルが誘致されたため、その社員たちが食堂の代わりに愛用しているらしい。
妹は高校生の時から店の手伝いを始め、あげく調理師だから栄養士だかの資格を取ると言い張り短大に入学し、俺を除く三人は、和気あいあいと、「地元の人情派食堂」を地で行くような生活をし続けていたのである。
そんな日常が崩れ去ったのは、二ヶ月前。
久々に休暇をとった両親が、揃って旅行に出かけ__そのバスを運転していた大馬鹿野郎が居眠りをしたせいで、親父も、母さんも、永遠の眠りにつく羽目になったのだ。
いつも、いつまでもいると思っていた二人が、あっけなくこの世を去ったことに、俺は愕然とした。愕然としながら、葬式を終え、骨を焼き、四十九日を済ませた。
だが、大学入試からずっと一人暮らしをしていた俺よりも、毎日親と一緒に暮らし、働いていた妹の方が、さらにダメージは大きかった。呼吸するように人を罵り、瞬きするように人を睨みつけてくる志穂が、しばらくの間、ずっと口を聞かず、ただぼんやり宙を眺めていたのである。それは、マスコミが居眠り運転事故を知り、騒ぎ立て、やがて飽き、次の事件に食いつく頃になっても、ずっと続いていた。
「__ねえ、お兄ちゃん」
志穂が久々に俺に呼びかけてきたのは四十九日を済ませた夜のことだった。
「私、『てしおや』を継ぐから」
継ぎたい、でも、継いでもいいか、でもなく、継ぐ。
その言葉を聞いた瞬間、やつの中で全ての決心は、もう引き返せないところまで固まっていることを俺は理解した。
常識的に考えて、その時俺は止めるべきだったのだろう。
だって、二十になったばかりの小娘が、どうやって定食屋を切り盛りしていける?
社会も出たこともなく、諸々の手続きだって知らないで。
定食屋と言うと「料理を出す」のが仕事のようだが、実際には「店の経営」がその本分だ。仕入に会計、廃棄の圧縮、そういった「ビジネス」の側面を、本当にこの妹は理解しているのだろうかと、俺は咄嗟に言い返しかけた。
が。
「だから、助けてよ、お兄ちゃん……」
志穂が、その大きな目にいっぱいの涙を溜めて、そんな風に言うものだから。
パーカーの袖から覗く手が、寒さや寂しさをこらえるように、一生懸命握りしめられていることに気づいてしまったから。
昔から、強引の妹の、この手の涙にだけは逆らえなかった俺は、つい、
「___わかったよ」
と、そう頷いてしまったのだ。
神様。あんた、たたでさえ口が達者で強かな女という生き物に、なんでまたこんな、涙なんていう最終兵器を与えちまったんですかと__まあ、愚痴りたくもなる。
それからは、早かった。
俺は、それまでの残業百時間生活に休止符を打ち、ちょうど会社の人事部が打ち出し始めた「ワークライフバランス休暇」なるものを取得した。なんでも、あまりにブラックすぎて労働局から刺されそうになったので、急遽作った制度らしい。自己啓発や、休養のために、勤続三年以上の社員なら、無給とはいえ最大1年間休職できるというものだ。
「どうせ誰も取得しないだろう」ということで__ひどい話だ__取得資格も大層ザルな制度だったのが、従順な羊のように社畜生活を送っていた俺が、ある日颯爽と休暇届を突き付けたことで、社内は一時騒然になったとか。
とにもかくにも、俺はこうして「休職中」の身分とともに時間をもぎ取り、突っ走る妹のフォローに回ることになった。それが先週のこと。
「向こう見ずな妹のために、仕事を擲って家業を支える男とか…超アツイじゃねぇかよ。平成の世になかなかない美談だぜ。俺って超いい兄貴」
誰も褒めてくれないので、ぼそぼそと自分を褒めてみる。
「……営業再開までは良かったんだよな。俺が必要な資格とか調べまくってさ、初期費用を出してやってりしてさ、志穂だって『お兄ちゃんすごい!』とか言ってて……」
一つは、「妹は俺が守る!」なーんて張り切って、店の切り盛りに身を乗り出しはいいものの、意外にも志穂の方が、商売のフローだとか取り回しに詳しく__なんてったって、やつには五年近くの経験がある__。経理番としての俺は、早々に用済みになってしまったこと。
そして、もう一つは。
「大体さ、男に包丁握らせんなってんだよ。こちとらマウスをクリックする以上の肉体労働は、長らくしてねえっつーんだよ」
俺が、料理がからきしダメで、調理補助の「ほ」の字もこせないことだった。
いや、俺とて最初に「全く料理できねえからな」とは主張はしたのだ。志穂だって、「そんなのお兄ちゃんに期待してないよ」と答えた。
だがしかし、定食屋経験五年の志穂の「期待無しレベル」と、昼も夜もコンビニで食生活を賄ってきた俺の「期待無しレベル」の間には、マリアナ海溝よりも深い断裂があったのである。
だって考えて欲しい。
「落し蓋」だなんて概念、いったい男の人生のどこに登場する機会があるだろうか。「みじん切り」のあるべき大きさなんて知らずとも、人間、生きていけるはずだ。
そんなわけで、俺は志穂に「そこの鍋に落し蓋しといて!」と言われて、ひとまず蓋を上空から落下させてみはドン引きされ、玉ねぎのみじん切りを頼まれて、涙ぐみながら切り刻んだ結果を「木端みじんにしろとは言ってない!」とディスられ、といった具合に、失意の日々を送っていた。
あげく今日なんて、看板メニューのチキン南蛮定食に添えるキャベツの千切りを切らした、と志穂が大騒ぎしていたもんだから、良かれと思って、適当にちぎったキャベツの葉っぱを添えてやったところ。
「ふざけてんの!?」
と、顔を真っ赤にした志穂に、昼間っから罵られた。まあ、小声ではあったが。
ふざけるどころか、至極真面目である。彩りやバランス的に、キャベツを添える必要性は理解していたから、添えた。まんま一枚じゃ食べにくかろうと思ったから、ちぎった。
だがまあ、俺は忍耐強い兄貴であって、妹がきゃんきゃん吠えるのにいちいちキレても仕方ないので、そこはぐっと我慢の男の子だ。
ところが、志穂のやつは夜の部の閉店後になってもまだ、ぷりぷり怒ったまんまで___
どうやら、千切り事件以外にもいくつか地雷はあったようだが、やつは怒りんぼうなので、特定はできない__立ち仕事で疲弊し切った俺に向かって、キャベツの玉を水と突き出してみせたのである。
「お兄ちゃん。改めて聞くけど、なんであの時、キャベツをまんま出したの?」
「いや、だから、___……悪かったって」
ないよりはあったほうがいいと思ったから、とか、客を待たせるのも良くないと思ったから、とか、いろいろ事情は説明できたはずだが、俺は面倒になって適当に謝った。別に妹に逆らえないわけでなく、そう、議論という厄介ごとを避ける、合理的な選択だ。
しかしその棒読みの謝罪に、志穂はますます眉を吊り上げた。
「ねえ、キャベツは確かに付け合わせにすぎないけど、添えればいいってもんじゃないんだよ?他の盛り付けだってそうだよ。お兄ちゃんには、その日ある材料を適当に盛り付けただけにしか見えないかもしれないけど、違うんだからね!メニューも、付け合わせの内容も形も、盛り付け方やお皿の柄だって、全部全部、お父さんやお母さんが、悩み抜いて決めてきたものなの!これが、『てしおや』の定食なんだよ!わかってる!?」
親父と母さんが悩み抜いて決めてきたもの。「てしおや」の定食。
それが、ここ最近の志穂の口癖だ。
おそらく、志穂のやつも、自分を相当追い詰めて掛かっているんだろう。それはわかっている。
でも、俺だって、疲れてもいたし、くさくさもしていた。
二十五歳。そりゃ社会に出はしたけれど、世間を見回せばひっよっ子の分類だ。
それがある日両親を失って、自分の意思とはいえ職を変え、モニターに向き合っていたのをまな板に向き合うようになり。慣れない立ち仕事で足はパンパン。妹には、得意でない愛想笑いを日々強要され、罵られて。
「……別に、いいだろ」
まあ、そういった発言が出てしまっても、仕方のなかったのではないかと、俺としては自分を擁護せざるを得ない。
「は?」
「定食屋のさ、肉や魚ならまだしも、キャベツの切り方に誰が期待してるってんだよ。ちぎってありゃ、それで十分じゃねぇか。ある日キャベツの千切りが一口サイズにリニューアルされたところで、誰も死にやしねぇし、売上だって減ねぇよ」
論理的に、どこにも問題のない主張のはずだ。
しかし、俺が油の飛んだスニーカーを睨みつけながら言い捨てた途端、志穂のやつは、
「__………この、馬鹿……!」
ポニーテールにした髪を振りかざしたと思いきや、
「千切りもできないニートめ!」
脱いだエプロンを、いっそ惚れ惚れするようなフォームで投げつけてきたのだ。
「うお!」
「馬鹿兄貴!避けるな!」
「いや、お前が投げんな!」
あげく、キャッチしそこねた俺を罵る暴虐ぶりだ。ちなみに、俺という標的を見失ったエプロンはスパン!と爽快な音を立てて床に着地した。志穂よ、お前は決闘を申し込む騎士か何かか。
「馬鹿!もうほんとに馬鹿!お兄ちゃんなんて大っ嫌い!千切りのせいかたも料理屋の心も、なんなら女心もわからないままに、生涯を一人寂しく閉じてしまえ!この馬鹿!」
「さりげなく彼女と別れたばっかなこと抉ってくんじゃねぇよこの貧乳!」
「貧してない!」
まあ、そこからは、幼少時を彷彿とさせる兄妹喧嘩だ。
とはいえ、女という恐ろしい属性を持つ妹に、口で敵うはずもなく。
俺は、「出掛ける!」と吐き捨てて、「てしおや」の厨房を後にし、妹と住み始めた実家に帰るのも高校と明るい中央道理に出るのも、なんとなく気が引けた結果、帰路の途中にあった神社に、ふらりと立ち寄ってみたと、そういうわけである。
「あー……ある日いきなり、料理が得意になったりしねぇかなあ」
両腕を組み、無人の御堂を眺めながら、俺はなんと話につぶやいた。
志穂にはいろいろ言い返したが、まあ、根っこには、「料理が苦手だ」とか「なるべくなら包丁に触りたくない」といった意識があったのは事実だ。そして、そういった態度が、料理すなわち両親であると思い込んでいる妹の癇に障るのも、きっと大事なのだろう。
「プログラミング覚えるのにだって三年掛かったのにさ、いきなり畑違いのスキルが身につくかってんだよなあ」
言葉は、声に出すとともに、白い息になって消えていく。
なんとなく寂しくなって、俺は賽銭箱に紐を垂らしている真鍮の鈴をゆらゆらと揺すってみた。
がろん、がろん、と、低く眠そうな音が辺りに響く。
「神様ー、なんか上手い手はありませんかねえ」
とうとう神頼みだ。
賽銭もないのに、ねだるだけなのはアレかなと思い、ちょっぴり釈明もしてみることにする。
「俺だってね、料理本とか読んでみたんですよでももう、材料が十個以上ある料理とか、材料欄見るだけで頭が痛くなってきて。大体、『適量』とか『少々』とかあるのを見ると、結局は勘の問題かよ、って突っ込みたくなりません?かといって、きっちり計ってると、妹にとろいってどやされるし……」
いかん、これではただの愚痴だ。
がろん、がろん。
俺は、なるべく建設的であろうと、神様に提案してみることにした。
「なんか、とにかく実践を求めてくるじゃないですか、料理って。やれ、勘とか、加減とか、経験とか。テキストよんでもダメなんですよ。だからそういう…料理のコツみたいのを、体感的に学べる方法ってのは、ないもんですかねえ?」
体感的。
そう言いながら、俺はそうだよと膝を叩きたくなる思いだった。
これがプログラミングの世界なら、後輩がバグったとき、モニターの操作権限を乗っ取ってソースを書き換えてやれる。マニュアルなんかを読ませるよりも、実際に画面を変換させて、操作を見せた方が、圧倒的に早くスキルが身につくのだ。どうして、料理ではそうはいかないのか。
「こっちの業界にも、そういう親切なシステムがあったっていいじゃないですか。うん、いいと思うな。もっとこう、付きっきりで指導してくれる優しい先輩がいて、こっちがテンパった時は代わりに作業してくれて…」
出来ればその先輩は巨乳で美女で、でもって俺が気があって。
そこまで言いかけたが、残念ながら、その願望は、声になる前に喉の奥に消えた。神様相手に不謹慎だと、自ら制したからではない。
ーーあい承知した。
不意に、鈴の向こう_神社の御堂の中から、うわんと不思議な響を帯びえた声が、聞こえたからである。
「………は?」
思わず、俺がそう呟いてしまったのは無理からぬことだろう。
しかし、「いったい……?」だとかの言葉を紡ぎおおせるよりも早く、
ーーカッ……!
「うわ!」
今度は御堂から鋭い閃光が炸裂するではないか。俺は目を庇うように腕を上げたまま、どしんと尻餅をついた。
ーーそなたの願い、聞き入れよう
男とも、女ともつかない声の持ち主は、淡々と続ける。
叫んでいるわけではないのに、体中を揺さぶってくるような、奇妙な声だった。
まさか、と、額にじわりと冷や汗が滲む。
夜の神社。無人のはずなのに響く声。突如光った御堂。
「神……様……?」
ーーいかにも。
口の端を引きつらせながらの問いは、いとも平然と肯定された。
「う、嘘……」
地についた掌や尻に、冷えた石畳の感触が伝わる…どうやらこれは夢ではないようだが、それにしたって、こんなことってあるのだろうか。
しかし、神様とやらは、戸惑う人のこの感情になど全く頓着なさりやがらず、ちゃきちゃきと話を進めた。
ーー料理を、体感的に、指導してもらいたいとな。
「へ…」
ーー憑っきりが望ましいと…
「…待って、待ってください、なんか、漢字変換が不穏なことになってたりしませんか?」
ーー時には、体を乗っ取ってすら欲しいとな。見上げた向上心だ。
「いや待って!?まま、待ってください!?」
俺は盛大に噛んでしまった。でって、明らかに不穏すぎる展開だろう。
慌てて立ち上がり、境内から逃げ去ろうとする。
しかし、一歩踏み出すよりも早く、ふわっと目の前に何か白い靄のようなものが立ちふさがり、
「うわぁ!?」
それは見る間に人型をまとったかと思うと、女性の像を結びはじめた。
ーーはじめは、この者あたりが良かろう。ちとお節介だが、その分親切な魂だ。体感、親切、憑きっきり。そなたの願いを叶えてやったぞ。感謝せよ。
靄は凝り、あっという間にリアルな人間そのものに変化する。いや、輪郭が淡く光っているあたりが、いかにも「魂」といった感じだろうか。
軽く当てたパーマに、ふっくらとした頬。まあそこまではいい。
だが、笑い皺の目立つ目尻や、色気よりも懐かしさを感じさせる、恰幅の良い立ち姿。彼女は決して巨乳美女なんかではなく……
「普通のおばちゃんじゃんかー‼︎」
なぜそこだけオーダーミス!
絶叫する俺におばさんは全く頓着せず『やだもう』と笑いかけた…
『時江さん、って読んで』
あげく、微妙にエコーのかかった声とともに、両目をつぶってしまうウィンクを寄越してくる。
『急にごめんなさいねぇ。でもありがとう。体を貸してくれるって?助かるわあ』
「え、ちょ、え」
『若い男の子とフュージョンだなんて、おばさん、ちょっと照れちゃう。あなたも照れてるわよね?ごめんなさいねえ。彼女には内緒にしておいてね』
「え…!」
でも時間がないからごめんね。
言うが早いか、おばちゃん、もとい時江さんは、まるで闘牛のように、こちらを目掛けてダッシュしてくる。
フュージョン。体を貸す。
突然のターゲットが、俺の体であることは誰の目にも明らかだ。
「ひ……っ!」
かくして。
ほわん、という衝突音にしてはソフトな音とともに、
(ああよかった!うまく”入れた”!あなた背が高いわねえ)
脳裏におばちゃんの声が響くようになり、
「う……」
(さ、行きましょ。時間がないのよ。台所はどこ?)
あげく、自らの意思に反して、くるりと足が動き出し、
「嘘だろおおおお!?」
ーーーーおばちゃんと俺は、体をシェアするに至ったのである。
はい、読むのお疲れ様です!
主ですよ!
うん、疲れたよね。主も疲れた☆
はいまぁおつ主!
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