(ディアルトには敵わないな……)
リリアンナのことをランディリックが過保護なまでに気に掛けていることは、ライオール邸に身を寄せている者たちはみな心得ている。だがこんな風に面と向かってランディリックへリリアンナのことを話せる臣はそれほど多くはなかった。
ランディリック・グラハム・ライオールという男は、その美しく近づき難い見た目もさることながら、城主としての威厳も存分に兼ね備えた男なのだ。
もちろん、聞かれてもいないことを付け加えただけで罰せられたりすることはないのだが、だからといって話せるかといわれたらそういうわけにもいかないのが現実だ。
ランディリックはディアルトに後ほど鍛錬場で剣を交えたい旨を申し出ると、厩舎の方へと足を向ける。
壁外調査へ付き従っていた兵たちには、一旦休憩を取ってから、各々持ち場へ戻るよう申し添えた。
***
ライオール邸の城門から南側――厩舎近くの城壁修繕の現場までは、ランディリックの足でも五分ちょっとかかる。
兵たちが頻繁に行き来するお陰で人が二人並んで通れるぐらいの幅、雪が踏み固められて道を作っているけれど、ここを毎日リリアンナが往復しているのだと思うといささか不安を覚えてしまう。
このところランディリックはカイルの介助という名目があるリリアンナのため、毎日彼女の送り迎えでこの道をリリアンナとともに歩いている。リリアンナとて懸命に歩いているとは思うのだが、一人のときより倍近い時間を要してしまうのを実感している今は尚更だ。
***
「綺麗に直っているな。元より強くなっているくらいだ」
城壁の修繕箇所がしっかり補修されていることを確認し終えたランディリックは、その場にいる者らへねぎらいの言葉を掛けた。
執事のセドリックと相談の上、兵たちに混ざって修繕の直接的な指示を出してくれていた職人たちへの謝礼金の手配などをしなければならんな……と算段しながらも、その足は自然とすぐそばの厩舎へと向かっていく。
――いや、自然と……ではない。
先ほど城門付近でディアルトから報告を受けて、ランディリックは今、リリアンナがカイルとともに仔馬の世話をしていることを知っていた。だからこそ視察の締めくくりのついで……と、己へ言い訳をしながらも足を運ぶのだ。
鼻をくすぐる藁と獣の匂いが近づくにつれ、胸の奥がざわめきを増していく。
厩舎の建物内へ足を踏み入れる前から、リリアンナの楽し気な笑い声が聞こえていた。
扉の隙間から覗いた先では、母馬ブランシュの腹へ顔を埋めた仔馬に寄り添うリリアンナと、その傍らに立つカイルの姿が見えた。
リリアンナの横顔は、こんなに寒い中でも喜びに頬が上気して薔薇色に染まり、口元には慈愛に満ちた柔らかな笑みが浮かんでいる。
(……本来なら、僕の隣で笑っているはずなのに)
その笑顔を一番の特等席で見下ろしているのがカイルだという事実が、ランディリックの胸に小さな棘を残した。
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嫉妬!