すぐさま二人の間に割って入らねば。そう思うのに、何故か身動きが取れないままに耳を澄ませてしまう。そんなランディリックの耳に、リリアンナの弾むような声がはっきりと届いてきた。
「ねぇ、カイル。この子の名前、何にしたらいいと思う?」
小さな仔馬の首筋を撫でながら、リリアンナが心底弱ったように眉根を寄せる。
「ずっと考えてるんだけど……なかなかいい名前を思い付けないの」
リリアンナの問い掛けに、カイルは一瞬躊躇うように肩をすくめた。
「ですが……名を与えるのは、ご領主様か、せめてリリー嬢のお役目かと。他の馬たちも皆、旦那様がお付けになられたんですよ?」
「えっ? ランディが? どの子も素敵な名前だから誰が付けたのかと思ってた!」
「どの子の馬主も皆、旦那様ですからね」
カイルの返答に、リリアンナが吐息を落とす。
「でも……私一人で決めるのは荷が勝ちすぎてるの。ねぇ、お願い。カイルも一緒に考えて? 毎日この子たちのお世話をしてくれてるのはあなたでしょう? 一番馬たちのことを知ってるのもカイルだと思うもの」
「今はこんななんで、人任せになってしまっていますけどね」
リリアンナの言葉に、カイルが少し弱った顔をして右腕へ視線を落とした。
「ごめんなさい。私のせいで……」
途端リリアンナがしゅんとするのを見て、カイルが慌てたように言葉を紡いだ。
「いや、これは俺がへなちょこだったからこうなっただけで! リリー嬢のせいじゃありません! それに……今日もですけど……リリー嬢が手伝って下さるお陰で俺はこうやってまた馬たちの顔を見に来られてます。感謝しかありませんよ?」
カイルはリリアンナを慰めながら、ふと思案気にリリアンナの横に立つ仔馬を見つめた。
「……その子の名、〝エルヴァン〟、というのはどうでしょう。夜明けの光、という意味があるんです。この子が生まれた朝――東の空が澄んでいて、とても綺麗だったんですよ」
先ほどまで渋っていたカイルの提案に、俯いていたリリアンナが顔を上げて瞳を輝かせる。
「エルヴァン……。素敵だわ!」
無垢な声が、はっきりとそう響いた。
――瞬間、ランディリックの胸に、冷たいものが走る。
エルヴァン。
その音は、カイル・アレン・エルダンという名を重ねるにはあまりにも容易く、そして甘美に思えた。
(あの子はカイルのフルネームを知っているんだろうか?)
リリアンナが無邪気に頷くその様が、まるで彼女が〝カイルの名〟を受け入れた証のように見えてしまう。
(……カイル、お前、まさかわざとリリーに名を呼ばれるように仕向けたんじゃないよな?)
厩舎前に立った時から感じていた胸奥の棘は更に深く突き刺さり、穏やかな仮面を崩さぬよう、ランディリックは息を押し殺した。
コメント
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あああ、これは💦