善悪がやれやれといった風情で言う。
「関係無いでござるよ、コユキ殿」
コユキが目を剥く、クワッとだ。
「はぁー? 善悪っ! アンタこんな分かり易い悪者の味方するって言うの? 信じられないわ、あれかね? 男同士、って奴なのね! 最低っ! 最っ低なのよぉっ!」
「もう、話は最後まで聞かなくちゃダメでござるよコユキ殿…… 生まれた子犬は三匹ともトライカラー、黒白茶色の三色だったのでござるよ」
コユキは負けない。
「はーあ? そんなの口白が分離した時の色が混ざって出たに決まってんじゃないのっ! 言い逃れの理由には一ミリもなっていないじゃないのよぉ!」
「短足種だよ? どう見てもウェルシュ・コーギー・ペンブロークでござった、どう、口白の子供だと思う?」
コユキはゆっくりと口白のシュッとした長めの手足を見つめながら、クロシロチロバージョンの時の立派な体格の秋田犬の姿、分離したオリジナルの魔狼、フェンリル、ケルベロス、オルトロスの揃って巨大な体躯を思い出してから口にしたのである。
「思いません……」
「で、ござろ? んで僕チンにね、檀家さんの家で似たワンチャン飼っている家に心当たりは無いかって確認したかったのでござるよ、まあ、拙者の見た限りでは鯛男(タイオ)さん家のポチだと思うからそう伝えて置いたのでござるよ」
「あ、うん、ごめんなさい…… 口白もアルテミスちゃんも…… ごめんね」
「コユキ殿、早とちりダメっ、絶対! でござるよ! 猛省してねっ!」
「はい……」
でっかいコユキが小さく見えた。
珍しく自分の間違いを認めて恥じているのだろう、いつもこうなら少しは可愛げも有るのだが……
兎に角、冤罪(えんざい)被害を回避できた口白はホッと安堵の息を吐いて言うのであった。
「ふうぅー、漸(ようや)く疑いが晴れたか…… 良かったぜ、俺の子じゃないと思ってはいたが、些(いささ)か焦っちまったぜぇー、ははは」
アルテミスが無表情のままで純白の弓に銀色の矢を番(つが)えた、三本同時である。
「思い当たる事は有ったみたいだね、旦那様♪ さあ、死ぬ気でお逃げっ! 狩りの始まりだよっ!」
ピュピュピュンッ! カカカツ!
「ヒイィッ! お助けーぇ!」
射られた矢を三匹に分離する事でギリギリ避けたクロ、シロ、チロの三匹は、それぞれ思い思いの方向に向かって逃げ出したのである。
「「「フギャーっ!」」」
間を置かずにこちらも三匹に分離したムギ、ソラ、アズキが追いかけて行った。
夫婦が消えた本堂で残ったメンバーが呆気に取られる中、善悪がコユキに対して言う。
「全く、いつもながらドタバタでござるな、ウチの面々は」
コユキが答えて言った。
「そうね、今までと変わんないわね、アタシもだけど…… ねえ、善悪? あれよね…… 最後の日、最後の時、最後の瞬間まで…… このままで、今まで通りで、ハチャメチャで無茶苦茶で、でも…… アタシ達っぽく笑って過ごしていたいわね、もう少しだけどさっ、どう?」
コユキの言葉に善悪は返事をせずに、無言のままコユキの手を取って境内に視線を移した。
握り返した手はいつものコユキらしく無く、小刻みに震え続けていた。
震えを止める様に、力強く握り返した善悪の拳も僅(わず)かな震えを止められてはいない様である。
賑やかに追いかけっこを続ける六匹と、騒ぎを聞きつけた昔馴染みであるイーチ、ハミルカル、三つ首ドラゴンのヒュドラがアルテミスを止めようと、必死の形相で走り回る姿を見つめながら、小さかった頃と同じ様に手を繋いだままの二人はいつしか笑顔を浮かべていた。
消滅の時はすぐそこに迫っていた。