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後ろからひんやりと当てられているのは、ナイフだろうか。
普通ならヤバい現場に居合せて、パニックを起こすんだろうが、私は二回目。そして、覚悟を持ってここに来た。エトワール・ヴィアラッテアに先を越されないためにも、私はここで、アルベドとあうべき何だと。
「誰だ、お前」
前にも聞いたような台詞を後ろからいわれ、私はビクンと大きく肩が上下した。二度目といっても、あっちは面識がないわけで、姿も形も違う私のことを、そもそも覚えていないんだろうと。少しやっぱり悲しさはあるわけで。
(こんな所で怯んじゃダメ!)
自分に活を入れて、私は続けた。
「声で分かったの。聞いたことがある声だって。闇魔法の家門、公爵家の公子、アルベド・レイであってるでしょ?」
「なんで分かった」
「だから、声だって言ってるでしょうが」
苛立ったように言われたので、こちらも、説明したはずなんだけどな、と返してしまう。記憶が無いと、面倒くさいなあと思いつつも、早く記憶を戻すためには言葉をかけ続けなければならないのじゃないかと思った。
何がきっかけで思い出すかは分からないけれど、好感度を上げれば。
後ろを振返りたかったが、アルベドに抱きしめられているような状態でナイフを突きつけられているため、私は振向くことが出来なかった。きっと、彼の頭の上には好感度の表示があるはずなのだ。しかし、それを見ることは出来ない。また、音が鳴っていないというところを見ると、好感度が上がっていないんじゃないかと思った。
初めて会ったときは、面白え女枠に入って、好感度がマイナスに下がったけれど、結構な勢いでプラスになったし。でも、今回は、そう簡単にはいかないのかも知れないと。
「鍵……閉め忘れたっけな」
「開いてたわよ。不用心ね」
「もしかして、分かっていて、入ってきたのか?」
アルベドはそう言うとパッと手を離した。私は、その隙に彼の腕の中から抜け出して、距離をとった。さすがに、ここで戦闘になったりしたら、アルベドに勝てる保証はない。彼は、私がしっている中で最も戦闘に長けた人物だから。
(好感度……!)
私はふと彼の頭上を見たが、彼の頭には何も表示されていなかった。もしかして、初代の聖女ルートに、アルベド攻略は含まれていない? とすら思った。こんなの聞いていない。それか若しくは、好感度が表示されない設定になっているのだろうか。何も分からない状態でこんな所くるんじゃなかったと思った。
「フッ……ハハハッ!」
「何よ、笑って。面白いこと何て何にもないわよ」
「いーや、面白えだろ。分かっててはいってきたっつうことであってるよな。お前、本当に馬鹿だな。何処の誰だか分からねえけど。見たところ、貴族のお嬢様と思うが」
「貴族のお嬢様じゃないわよ。ただの平民」
「平民が、皇族の別荘に、しかも聖女の歓迎会にこれるわけないだろう。ここに集まっているのは、名高い貴族ばかりだ」
「……」
アルベドは、肩をすくめてそう言った。常識も知らないバカな女だな、とでも思っているのだろう。まあ、その通りなのだが。
「平民なんて馬鹿げた嘘ついたところで、ごまかせねえだろ」
「何処が、貴族だって思うのよ!?」
そもそも、私のこと貴族とも聖女とも思っていなかったような男が何を言うんだと思った。聖女らしくないとかさんざん言って、まあ、それを私らしいって受け止めてくれた男ではあるんだけど、平民だといって、平民じゃないって返されるのは何だかなあと思った。この服装と容姿だけそう判断したのだろうか。確かに、こんな綺麗な……と自分でいうのも何だけど、平民の少女がいるかといわれたら、探したらいるんだろうけど。
(まあ、初めて会ったときも色々勘違いされたのよね……)
理由は、本来の聖女とは容姿が違ったから。だから、貴族のご令嬢と思われたんだと。本当に随分と昔のことだと思った。それでも、それを今もう一度やり直しているのだけど。
このままじゃ、話が進まないような気がして、私はしゃくり上げながらも、アルベドにいった。
「アンタ、そこにいる貴族を殺しに来たんじゃない?」
「そこにって、お前なあ……」
「此奴が、人身売買か何だったか……えーっと忘れたけど、悪いことしたから殺した、そうでしょ?」
「……」
死体に向かってこれとか、それとか本当に申し訳ないし、不敬だなあと思いながらも、私は死んでしまった何処かの貴族のことよりも、どうにかアルベドの視界に入ろうと頑張った。さすがに、アルベドに殺された、何処かの誰かも分からない貴族の名前までは覚えていない。アルベドは私を見て、何か考えるように顎に手を当てた。開いている窓から吹き付ける夜風に吹かれ、彼の紅蓮の髪と、黒いマフラーが揺れている。
「何でそう思った?」
「はい?」
「だから、なんでそいつが悪いことして、俺が殺したと思ったんだって話だよ。つか、何だよ。お前……俺の事監視でもしてんのか?」
「え、まあ……に」
「に?」
「何でもないわよ」
二度目、と言いかけて、私は口を閉じた。こんなことを言ったところで意味がないと思ったし、変な気を起こされたらたまったもんじゃないと思った。それは、記憶が戻ってから話せば良いことだし。
でも、確かに、話をぶっ飛ばして、まるで超能力者か、という風に私はアルベドに話してしまっている。彼から考えれば、とても恐怖だ。
私は改めて、何も考えずに突っ走ってしまったなあ、と反省し、ちらりとアルベドを見た。彼の満月の瞳とかち合い、何となく目線を逸らしてしまう。見つめられるのは得意じゃない。
(というか、ずっと私のことみていない!?)
さっきから、何だかむずがゆい視線を感じるなあと思っていたけれど、アルベドは不思議そうに、怪しそうに私の方を見ているのだ。
「貴族じゃなくて平民で、それで俺の事分かっててここに来て……ほんと可笑しな奴だな」
「可笑しな奴よ」
「自分でいうのか?」
「いうわよ。だって、アンタが――」
そんなことを言っていると、廊下の方からパタパタと足音が聞えてきた。まさか、ここにエトワール・ヴィアラッテアが来るんじゃ、と本来の彼女のストーリーを思い出して、私は慌てた。隠れたとして見つかりそうだし、かといって逃げる場所といっても……
「おい、何処に行くんだ」
「ちょっと用事が」
「俺に会いに来たのが用事じゃねえのかよ」
「何それ、自意識過剰なんですけど!?」
大きな声を出して、私はハッと口を閉じた。私は、窓の方に走って、ここから飛び降りて外に出ようと考えていた。それを、アルベドに止められたのだが……
アルベドは、また不思議そうに私を見て、いくなと目で訴えかけてきていた。行くなといわれても、今から、アルベドとエトワールのストーリーが始まるんだから、邪魔しちゃ……じゃなくて、エトワール・ヴィアラッテアに見つかったらどうなるか分からないから、逃亡したいんだけど、と私もアルベドに訴えかける。足音が近付いてくる気がして、私の心臓はドクンドクンと煩く脈打つ。ここから逃げないといけないけれど、アルベドと離れるのは名残惜しい気がして。
でもきっとアルベドは、ストーリーの強制力で、この場に縫い付けられるんじゃないかと思った。そうしたら、またアルベドはエトワールのストーリーに組み込まれて……
(本当は、好感度稼いでおきたかったけれど)
「おい、本当に飛び降りるのか。平民つったら、魔法使えねえだろうが」
「アンタには関係無いわよ。てか、魔法を使える平民もいるの!」
「いや、そうだけどよ……」
「いいから、私に構わないで!」
「……っ」
私がそう突き放すと、アルベドは少し傷ついたようなかおをして、グッと拳を握った。ぎゅうっと黒い革の手袋が鳴る音が後ろから聞える。
「……ッチ、わーったよ……」
「え……っ!?」
「んなら、俺がお前を誘拐する」
ふわりと浮いたからだ。抵抗するまもなく、アルベドは、窓の縁に足をかけて、そこから飛び降りた。彼の紅蓮が揺れる。
私は落ちる! と、その後すぐに目を閉じてしまった。