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ガチャ。
鍵の音がした。
一瞬、夢だと思った。
体は動かさず、
呼吸だけを浅くする。
目は閉じたまま。
足音が、近づく。
スリッパの音じゃない。
知っている、彼の歩き方。
ベッドの横で、音が止まった。
暗闇の中、
誰かの気配だけがそこにある。
声はない。
名前も呼ばれない。
ただ、
何かを確かめるみたいに、
長い沈黙が落ちた。
息を潜める。
その時間が、
何秒だったのかはわからない。
頬に、
かすかな温度を感じた。
指先。
触れたのは一瞬だった。
なぞるようでもなく、
押すわけでもなく。
ただ、
そこにいることを
知らせるだけの接触。
彼は、私の顔じゃない場所を
見ている気がした。
視線が、
少しだけ、ずれている。
そのまま、
何も言わずに離れる。
足音が遠ざかり、
玄関の方で止まる。
……ガチャ。
鍵の回る音。
ドアが閉まる。
部屋は、
最初から誰もいなかったみたいに
静かだった。
私は、
最後まで目を開けなかった。
朝。
スマホを手に取って、
メッセージを打つ。
「昨日は、遅かったの?」
少しして、返事が来る。
「うん。
顔見たかったんだけど、
行けなかった。」
画面を見つめたまま、
何も返せずにいた。