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#高校生
第60話 「忘れられない背中」2022年5月。
ゴールデンウィーク。
柳城高校野球部は練習試合が続いていた。
センバツ王者。
その肩書きのおかげで全国の強豪校から試合の申し込みが来る。
大阪。
広島。
愛知。
強豪ばかりだった。
結果は悪くない。
だが。
福間監督は納得していなかった。
練習後。
グラウンドに選手を集める。
「最近、勝った負けたばかり気にしとる」
静かな声だった。
選手たちは黙る。
思い当たる節があった。
「春に優勝したのは過去や」
風が吹く。
「夏は誰も待ってくれん」
その言葉は重かった。
甲子園優勝。
それは誇りだ。
だが夏には関係ない。
グラウンド整備の時間。
塁は一人でブルペンの近くにいた。
ふと倉庫を見る。
古い道具が置かれている。
その中に。
古びたキャッチャーミットがあった。
使い込まれている。
名前が書いてある。
『小早川 啓介』
塁は少し驚いた。
兄が使っていたミットだった。
いつの間にか残されていたらしい。
「見つけたか」
振り返る。
福間監督だった。
塁は慌てて頭を下げる。
監督はミットを見る。
「啓介が卒業するとき置いていった」
塁は黙って聞く。
「ボロボロになるまで使った」
監督が少し笑う。
「頑固なやつやった」
塁も笑った。
家ではあまり聞けない話だった。
「兄ちゃん、どんな選手やったんですか」
福間監督は少し考える。
そして答えた。
「一番練習した選手や」
即答だった。
「才能もあった」
「でもそれ以上に練習した」
塁はミットを見る。
兄の背中。
ずっと遠いと思っていた。
だが少しだけ近く感じた。
その夜。
東京。
早川実業大学。
啓介は寮の自室にいた。
大学二年生になったばかり。
授業。
練習。
試合。
忙しい毎日だった。
テレビでは春のセンバツ特集が流れている。
柳城高校優勝。
その映像が映る。
塁。
史陽。
後輩たち。
啓介は静かにテレビを消した。
誰にも言わない。
だが嬉しかった。
自分がいた場所が前へ進んでいる。
それだけで十分だった。
一方。
柳城高校。
夏の福岡大会まであと二か月。
センバツ王者として迎える夏。
誰もが柳城を倒そうとしている。
だが。
その重圧の中で。
塁と史陽は少しずつ成長していた。
兄の背中を追いながら。
そして、いつか追い越すために。
第60話 終
コメント
1件
ああ、第60話……めっちゃグッときたわ。福間監督の「夏は誰も待ってくれん」って言葉、胸に刺さるよな。センバツ王者の重圧の中で、過去にすがらず前に進もうとする姿勢がかっこいい。塁が兄の古いミットを見つけて、啓介の「一番練習した選手」って評を聞くシーン、じんわり来た。兄弟の背中を追いながらも、いつか追い越すという決意が静かに描かれてて、この兄弟の物語がより深くなった気がする。次が楽しみやわ。