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大型音楽フェスでの「反撃のステージ」は、伝説的なものとなった。
ちぇりーをセンターに据えた「Starlight Wish (SW)」が披露した新曲は、激しいダンスの中にメンバー同士が互いを支え合うような振り付けが組み込まれ、観客の心に直接訴えかけた。
曲の終盤、メンバー4人がちぇりーを囲み、最後にちぇりーが涙を堪えながら最高の笑顔を見せた瞬間、会場は静まり返り、その後、地鳴りのような歓声が上がった。
ネット上の反応も劇的に変わり始めた。
「あのパフォーマンスは嘘じゃない」「ちぇりーの目は真剣だ」「メンバーとの絆が本物に見える」 沈静化の兆し。
誰もが、嵐は去ったのだと信じていた。
しかし、インターネットの闇は、そんなに甘くはなかった。
ちぇりーの輝きが増せば増すほど、それを引きずり下ろそうとする悪意もまた、より深く、陰湿なものへと変質していった。
数日後、ある匿名掲示板に一本のスレッドが立った。
『【速報】最強新人ちぇりー、韓国時代のいじめ加害者だった!?証拠写真あり』
そこには、さくらが韓国の学校にいた頃、泣いている同級生の横で笑っているように見える、巧妙に切り取られた写真が数枚アップされていた。
さらには、「Starlight Wish」のメンバー間での罵り合いを捏造した偽のLINEのやり取りまでが拡散された。
「ちぇりーは裏で凛を『お局』と呼んでいる」「華の化粧品をわざと隠して泣かせた」 これらはすべて真っ赤な嘘だった。
しかし、一度火がついた悪意は、事実かどうかなど関係なく、瞬く間に「真実」として拡散されていった。
今度の炎上は、前回の「失言」とはレベルが違った。
「人間性そのものの否定」は、さくらの現実世界を暴力的に侵食し始めた。
ある朝、さくらが校門に近づくと、異様な光景が広がっていた。
数人の男たちがスマートフォンを構え、さくらに向けてフラッシュを焚いたのだ。
「おい、ちぇりー!いじめの件、本当なのかよ!」「メンバーと不仲ってマジ?」「学校での態度も悪いって聞いたぞ!」
彼らは記者ではなく、再生数を稼ぎたいだけの「迷惑系配信者」や、熱狂的なアンチだった。
さくらは足がすくみ、その場に立ち尽くした。心臓の音が耳元でうるさく響く。
「違う…私は、そんなことしてない…」 声が出ない。震える肩を抱きしめるのが精一杯だった。
学校という、彼女が一番「普通」でいたかった場所が、今、最も恐ろしい戦場に変わってしまった。
「どいて」
冷たく、しかし芯の通った低い声が響いた。樹だった。
彼はいつものように無表情のまま、さくらの前に一歩踏み出し、配信者たちのカメラを自身の背中で遮るようにして立った。樹の長身と、周囲を寄せ付けない静かな威圧感に、男たちが一瞬たじろぐ。
「何だお前、どけよ!」「学校の友達か?お前もちぇりーに脅されてんのか?」
下劣な言葉が飛ぶが、樹は眉一つ動かさない。彼は後ろにいるさくらに、顔を向けずに言った。
「日向。前だけ見てろ。俺が歩く道以外は、全部ゴミだと思え」
その言葉に弾かれたように、鈴がさくらの隣に駆け寄り、彼女の腕をしっかりと組んだ。
「みんな!先生呼んだから!警察も来るよ!さくら、行こう!」
鈴は大声で周囲の生徒や野次馬を退散させるように叫び、さくらを促した。
樹は、さくらと鈴を先導するようにゆっくりと歩き出した。
アンチたちが無理やりカメラを向けようとすると、樹は絶妙な角度でそれを遮り、さくらのプライバシーを死守した。
彼はさくらに直接触れることはしなかった。
それが、彼女をこれ以上のスキャンダルから守るための、彼なりの「プロの友人」としての気遣いだった。
昇降口に入り、ようやく外の喧騒が遠のいたとき、樹はさくらの肩に、ほんの一瞬だけ、励ますように軽く手を置いた。
「顔を上げろ。お前が下を向いたら、あいつらの思うツボだ。お前は、何も悪いことをしていない。だろ?」
さくらは、震える手で鈴の腕を握りしめ、樹の背中を見つめた。
「…うん。ありがとう、樹くん、鈴ちゃん」
二人の友人が作ってくれた「静かなる盾」。
それは、芸能界のどんなスポットライトよりも強く、さくらの心を照らしていた。
しかし、学校での安らぎとは裏腹に、事務所のレッスン場は地獄の様相を呈していた。
捏造された不仲説のせいで、メンバー同士が疑心暗鬼に陥っていた。
「私の化粧品、本当にちぇりーが隠したの?」
普段は冷静な華が、ネットの書き込みを鵜呑みにしたわけではないだろうが、あまりの執拗な攻撃に、精神的に追い詰められ、ちぇりーを問い詰めてしまった。
「してない!そんなの、全部嘘だよ!」 ちぇりーは叫んだが、その声は虚しく響いた。
リーダーの凛も、自分を「お局」と呼んでいるという捏造LINEが世間に出回っていることに、かつてない屈辱を感じていた。 「グループを守るために、私は自分を殺してきた。それなのに、こんな下らない嘘で…!」
SWのメンバーたちは、外部からの攻撃を凌ぐどころか、内側から崩壊しようとしていた。
事務所はついに、「グループの無期限活動休止」という最悪の選択肢を検討し始めた。