テラーノベル
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桜はもう散りかけていて、校門の前だけがやけに明るかった。
新学期の朝って、なんであんなに空気が落ち着かないんだろう。
「……ここ、か」
俺――**相川 悠斗(あいかわ ゆうと)**は、校舎を見上げて小さく息を吐いた。
県立青凪高校。
第一志望でもなければ、滑り止めってほどでもない。
ただ“決まった場所”。
教室に入ると、すでにいくつかグループができかけていた。
中学から一緒のやつ、もう連絡先を交換してるやつ、
それから――誰とも話してないやつ。
窓際の席に座ってる女の子が、ふと目に入った。
長い黒髪、机に突っ伏して外を見てる。
笑ってもないし、スマホも見てない。
ただ、春の風にカーテンが揺れるのを見てた。
「……」
目が合った。
一瞬だけ。
ほんとに、一瞬。
でも彼女はすぐに目を逸らして、前を向いた。
そのとき、なぜか胸がざわっとした。
理由はわからない。
ただ――この高校生活で、何かが始まる気がした。
「じゃあ、出席番号順に自己紹介なー」
担任の城島先生が、軽いノリで言った。
教室に一気に緊張が走る。
「相川悠斗です。えーっと、趣味は……映画?」
自分で言いながら、なんか嘘くさいなと思った。
拍手。無難。平和。
そして――
「次、雨宮」
窓際の彼女が、ゆっくり立ち上がる。
「……雨宮 澪(あまみや みお)です。
好きなものは、音楽。以上です」
それだけ。
笑顔も、付け足しもない。
なのに、なぜか印象だけが強く残った。
休み時間、誰かが声をかけるでもなく、
彼女はイヤホンをつけて、机に伏せていた。
俺は――
声をかけなかった。
かけられなかった、のほうが正しい。
その日の放課後。
帰ろうとした俺は、旧校舎の方から聞こえてきた音に足を止めた。
――ピアノ。
うまいとか下手とか、そういうのじゃない。
感情が、そのまま音になってるみたいな演奏。
音のする教室を、そっと覗く。
そこにいたのは――
雨宮 澪だった。
鍵盤に指を落としながら、
昼間とはまるで違う顔をしていた。
真剣で、少し苦しそうで、
でも、確かに生きてる顔。
その瞬間、確信した。
この高校生活は、
きっと、思ってたよりずっと面倒で、
思ってたよりずっと大切になる。
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