「何で、こうなった・・・?」
宮本先輩が納得いかない顔で呟く。
「文句あるなら来なくて良いけど」
強気で答える環。先輩に向かって・・・。
「てか誰だよ!コイツ!」
キレる宮本先輩。はい、ゴメンナサイ。代わりに謝りたい。
結局、帰宅するにあたって、私は一人で歩いて帰るのが難しい状態だった。最初は、自転車で来ている環と宮本先輩の、どちらの後ろに私が乗るかで揉めていたのだが、そこに『俺も一緒に帰る』と雅彦が加わって来たのだ。
身長180超えの雅彦を、環が後ろに乗せて走れるはずも無く、必然的に宮本先輩の後ろに雅彦が、環の後ろに私が乗る事になってしまったのだ。
「元木雅彦です。よろしくお願いします」
そう言ってペコッと頭を下げる雅彦。
礼儀は正しい。でも、何だろう、宮本先輩が納得行かないのはすごく良くわかる。
「すみません宮本先輩、私が一人で歩けないせいで・・・」
居た堪れず私はそう言って頭を下げた。
「いや、透子ちゃんは全然悪く無いよ。全くね、100%。元木君、キミ何なの?突然出て来てさ。俺と透子ちゃんの仲を羨んでるの?まだ何も始まって無いのに逆恨みなの?」
「先輩、凄い喋りますね。とりあえず行きましょう」
環がバッサリと切り捨てるように言って自転車を漕ぎ出した。カタンと揺れる車体。私は横座りで不安定だったので、環の背中にギュッと抱き付いた。
「あ、ズルイ・・・。その役目は俺がやる筈だったのに」
「煩いですよ先輩」
宮本先輩と環は相性があまり良く無いみたい。ずーっと言い合いしている。
そもそも私がボールに気付いて避ければこんな事にはならなかったのだ。雅彦まで心配してついて来てくれているし、何だか申し訳なくなってくる。
「ゴメンね」
小声で呟いて、環の背中に寄り掛かった。背中が暖かい。
「良いんだよ、透子は被害者なんだから。沢山甘えて」
環の声が優しい。もう、本当に優しいんだから。甘えちゃうぞ。
私はますます環の背中に密着した。
「送ってくれてありがとう」
自宅前で私は3人にお礼を言った。
「良いのよ、気にしないで」
環が笑顔で答える。
「元はと言えば俺がボールぶつけたせいだからな、逆にゴメン」
宮本先輩はそう言って頭をぺこりと下げた。
「俺はついでに送って貰っただけだ。礼には及ばない」
雅彦は言いながら自分の荷物を下ろす。無表情のままだけど、心配してくれていたんだろうな。
環が私の荷物を自分の自転車から下ろして渡してくれる。
「はい、荷物。中まで運ぶ?」
「ううん、大丈夫。今日お母さんいるから」
「分かった。じゃあね、また明日!」
環のその声に、私は手を振って中に入った。外では、家を初めて見た宮本先輩が「しかしデカい家だらけだなぁ、この辺りは」と話しているのが聞こえて来た。
その後、環と雅彦の手によって、宮本先輩は雅彦の家に引き摺り込まれるのだが、それは私には預かり知らぬ事である。
「ただいま」
玄関で声を掛けながら靴を脱ぐ。痛くて動きが遅いのでなかなか脱げない。もたもたしているとお母さんが来てくれた。
「おかえり。うーわ、確かに酷いね。上がれる?」
先にLINEで状況を伝えていたので驚きは薄い。私は荷物を運ぶのを頼んで、何とか自力でリビング迄移動した。
そこで私のスマホが鳴った。表示は和樹だった。
「和樹?何?」
「透子久しぶり。どう?熱下がった?」
「まず感染してゴメンって言うんじゃないの?」
「あ、怒ってる?そんな声も可愛いけど」
「アホ。熱は昨日からもう出てないよ。今学校から帰った所だし」
「は!?治るの早くない?俺まだ辛いんだけど」
「日頃の行いじゃ無いかな?」
「元気なら御見舞い来てよ。透子の顔見たい」
「あーっとね、怪我したから無理かな?学校から帰るのも辛いから友達に自転車乗せて貰ったし」
「・・・え、何それ。大丈夫なの?どんな怪我?」
和樹の声のトーンが変わった。温度が下がったみたいに。
「転んでぶつけて内出血、ちょっと広めに。痛いんだー」
「・・・転んでって、誰かに押されたとか?だったら許せないんだけど」
どんどん声色が変わる。怖いんだけど。
「・・・そんな訳無いじゃん。持久走で走ってて、ちょっと躓いただけだよ」
ボールが頭に当たった、とは言えなかった。
「・・・そう。姉さんいる?変わって」
「うん、待ってね」
私はスマホをお母さんに渡した。出して貰った麦茶を飲む。美味しい。
通話を終えてお母さんはスマホを返してきた。
「食べる物が無いって言うから届けに行ってくるね。本当いい歳して世話の焼ける弟だよ」
「冷やしときな」と言う言葉と同時に保冷剤が飛んで来る。キャッチしながら私はお母さんを見送った。
保冷剤を内出血に当てると気持ちいい。ふぅ。
そのまま落ち着いてテレビを観ていると、庭の窓からコツコツという音が聞こえて来た。何かな?と思ってそちらを見て、私は驚いた。
背の高い20歳位の男の人が居た。茶系のお洒落なスーツ姿。揃いの帽子を片手で胸元に持ち、長いまつ毛とブラウンの瞳、目尻の小さな泣きぼくろ。
この前の人が、軽く窓を叩いて私を呼んでいる。
私は立ち上がり、足の痛みに顔を顰める。
男の人は、焦った表情をする。
私は痛みを我慢しながらゆっくり窓まで歩き、窓を開けた。
「無理をさせてしまって申し訳有りません。痛みが酷いですか?」
彼は、屈んで内出血している足に触れた。そっとなので痛くは無い。逆にその手が冷たくて気持ちよかった。
「えっと、足は大丈夫です。痛いけど。それよりも、ここうちの庭なんですが、勝手に入られると困ります」
悪い人には見えない。でもこれは不法侵入。いくらイケメンでも許されない。
「それは申し訳有りません。私共にとって、空と繋がっている所は何の制限も存在しないもので」
そう言いながら私を見上げてくる。優しい笑顔が眩しい。ああ、許してしまう・・・。
男の人は、また私の手を取ってそこに口付ける。そして、前と同じ様に手に持っていた帽子を被り、空いたその手で、懐から手で握れるくらいの大きさの小瓶を取り出す。小瓶の中には、シュワシュワと炭酸水のようなものが入っているが、今度の物は色付き。濃い紫色だ。私の両手に小瓶をしっかり握らせると、その上から包み込むように自分の両手を重ねて優しく力を入れた。体温が伝わって来る。やっぱり冷たい。
「では」
ニコっと笑って、玄関の方へ歩いて行ってしまった。追い掛けたくても、足が痛くて行けない・・・。すがる様に出した右手が空を切る。
私は諦めて窓を閉めて、ソファに戻った。そして、手の中にある小瓶を見詰める。
シュワシュワとした濃い紫色は、とても美味しそうに私を誘う。
喉が、渇いたな・・・。
すぐそこに麦茶があるのに、私はどうしてもその炭酸を飲みたくなった。
そして、その小瓶の口を開けて飲み、前と同じく意識を失ったのだった。
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