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事故当日、私は担当の編集者との打ち合わせで、自宅マンション近くのカフェにいた。ママからの最後のメッセージは、
「何時に帰ってくるの?」
と云う、ごくありきたりな内容で、私は時間を伝えて、編集者から誕生祝いを受け取っていた。
中身は、出版社の社名が刻印された、悪趣味な懐中時計だった。
あの時、私が家に居たら、ママは死なずに済んだのではないか…と、今でも後悔している。
登山電車から抜け出た街中は、休日前の夕刻で人が溢れ、インバウンドの効果で海外からの旅行者も多く、私はママを見つけられずにいた。
夕暮れの街に、街灯の明かりが灯る中でママは死んだのかと思うと、胸が張り裂けそうになった。
飲食店が立ち並ぶ中通りを過ぎると、交差点が見えてくる。
百貨店を背にしたママは、ミニブーケを大切そうに抱えて、横断歩道の信号が青に変わるのを待っていた。
通りの先には、白いブランコの淡い店明かりが、ママの到着を待ち侘びている。
遺品の血塗れの財布の中に、バースデーケーキの予約票が入っていたから間違いない、ママは店に入る手前で、地下駐車場から急加速して来た車に跳ねられたのだ。
私は叫んだ。
「ママ!行っちゃダメ!」
信号が青にかわる。
ママは急ぎ足で、交差点の中央まで差し掛かっている。
私は走りながら叫び続けるのだけど、ママには一向に追いつけなくて、まるでスローモーションのようだ。
「ママ!ダメなんだっては!行かないで!行っちゃダメ!」
この世界が変わったとしても、ママが生き返るとは思えない。
だけど…
「ママ!」
タイヤがアスファルトを滑る音と、車のエンジン音が辺りに響く。
ママは一瞬たじろいで、その場に立ち止まる。
私の手が、ママの肩に触れたと同時に、ミニブーケが高く高く宙に舞った。
私は、
「私も連れてって!」
と、声を張り上げた。