テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
エレベーターが上昇を始めるとともに、密閉された空間に元貴の香水の香りが充満していく。
清潔感のある、けれどどこか体温の混じった甘い匂い。
その香りで、正常な判断力が薄れていくのが分かった。
右手に、冷たい指先が触れる。
迷いのない動きで、元貴の細い指が俺の指の間をゆっくりとこじ開け、深く絡みつく。
俺はわずかに指を強張らせる。
すると、俺の皮膚に体温を刻みつけるように、さらに力を込められた。
…………そう、
こいつは、数日でも俺の肌に触れていないとおかしくなってしまう。
その天才的な感性が、形を保てなくなる程に。
そして、その「狂い」を止められるのは自分だけだと思い込んでいる俺もまた、同じ病に侵されているのかもしれない。
電子音が、沈黙を切り裂くようにして到着を告げた。
エレベーターの扉が開いた瞬間、外のひんやりとした空気が流れ込む。
扉の先には、いつも通りの静まり返った廊下が続いている。
右手に絡みついた指は、解かれるどころか、さらに強く握りしめられた。
俺たちの足音だけが、やけに大きく響く。
元貴は前を向いたまま、一言も発しない。
彼から感じる殺気にも似た執着に、恐怖さえ覚える。
ようやく扉の前で足が止まった。
電子錠のパネルを操作するわずかな時間も、今の元貴には耐え難い空白なのだろう。
扉が開いた、その瞬間。
強引に中へと引きずり込まれた。