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ゆうき あきや
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#心理描写重視
第212話:新・生体車両(エゾシカ王)の部隊配備と、VIPの専用鞍(くら)
初夏の陽光が、十勝の広大な大地を眩しく照らし出している。
前回の『迷い神』襲来事件から数日。
シロ様の放った不可視のネコパンチ(衝撃波)によって見事なまでの土下座をキメたエゾシカの王は、そのまま我が陣地(古民家)のモフモフ軍団へと正式に編入された。
肩高三メートルに迫る規格外の巨体と、天を衝くような立派なツノ。
かつて森を支配していた威厳はどこへやら、今の彼は立派な『新・生体車両(高機動輸送部隊)』として、巨大ヒグマの後ろを嬉しそうについて回っていた。
「お兄さん! 肥料の搬入終わりました! エゾシカ王ちゃん、すっごく力持ちで助かりますね!」
小春ちゃんが、OD色の作業着の袖をまくり上げながら笑顔で手を振る。
その横では、背中に数百キロの堆肥の袋を山のように積まれたエゾシカ王が、「ブルルルッ」と誇らしげに鼻息を鳴らし、全く重さを感じさせない軽快な足取りで畑を歩いていた。
本来なら軽トラで何往復もする過酷な運搬作業が、燃費(雑草と干し草)のすこぶる良い生体車両によって一瞬で片付いていく。
ヒグマの重機(トラクター)的なパワーと、エゾシカ王の高い機動性。
我が陣地のロジスティクスは、ここに完全無欠の布陣を完了したと言っていいだろう。
縁側では、純白の神獣シロ様が「ミャウ(よく働いてるわね)」とオッドアイの瞳を細めて昼寝を満喫している。
ジンバルに固定されたスマホの配信画面では、五千万人のリスナーがこのファンタジーRPGのような農業風景に熱狂していた。
『うおおおお! エゾシカ王が完全に荷馬車になってるww』
『ヒグマと巨大鹿のツートップ輸送部隊とか強すぎるだろ!』
『モフモフ軍団の戦力がインフレしすぎww』
和やかな農業配信が続いていた、その時だった。
バタバタバタバタッ!!
突如として、古民家の上空に黒塗りの巨大な輸送ヘリコプターが飛来した。
猛烈なダウンウォッシュを巻き起こしながら、ヘリは畑の脇の空き地に着陸し、中から黒スーツの屈強なSPたちが、恭しく『一つの巨大な木箱』を運び出してきたのだ。
木箱の表面には、見慣れたスイスの国旗と、高級ブランド『エルメス』の刻印が燦然と輝いている。
SPのリーダーが白い手袋をした手で木箱を開けると、その中から、太陽の光を反射して暴力的なまでの輝きを放つ『何か』が姿を現した。
「えっ……? なにこれ、鞍(くら)……? 馬とか鹿に乗せるやつですよね?」
小春ちゃんが目を丸くする。
それはただの鞍ではなかった。最高級のオレンジ色のエルメスレザーを手縫いで仕上げ、装飾の金具やアブミのすべてが『純金(24K)』で鋳造された、芸術品のような鹿用の専用鞍だったのだ。
同時に、五千万人のリスナーが見つめるチャット欄に、ドヤ顔の極彩色弾幕が投下された。
ピコーン!
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)無限連発』
『”A supreme gift for the new subordinate of the White God!! I had Hermès artisans work overnight to create this! A pure gold and premium leather saddle worth 1 trillion yen! Equip the Stag King with it!“(白き神の新たな部下へ至高の贈り物を!! エルメスの職人を徹夜させて作り上げさせた! 一兆円の価値がある純金と最高級レザーの鞍だ! エゾシカ王に装備させたまえ!)』
スイスの銀行家による、一兆円の狂気のプレゼント。
それに触発された他のVIPたちも黙ってはいなかった。
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)無限連発』
『”Damn it, Swiss! You acted fast! But that’s beautiful! I will send 2 trillion yen to embed diamonds in that saddle!“(くそっ、スイスめ! 仕事が早いな! だが美しい! その鞍にダイヤモンドを埋め込むために二兆円を送ろう!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$5,000MeTubeギフト)無限連発』
『”Oh my god!! An Hermès saddle for a giant deer!! It’s like a fairy tale! I’m sending 3 trillion yen just to see Shiro riding him!!!“(なんてこと!! 巨大鹿にエルメスの鞍!! まるで童話じゃないの! シロが彼に乗る姿を見るためだけに三兆円を送るわ!!!)』
総額数千兆円規模の電子マネー(赤スパ)が、純金の輝きを凌駕するほどの極彩色弾幕となって画面を完全に埋め尽くした。
国家予算を遥かに超える馬具(鹿具)の資金が乱れ飛び、様子を見に来ていた郵便配達員が「ひぇぇぇ……! 鹿の背中に一兆円……! 俺のカブのサドルが座布団の切れ端に見えるべさ……!」と呟き、郵便物を抱えたまま気絶している。
誰もが、この世界一豪華で、狂気に満ちた一兆円の贈り物に魂を震わせているそのド真ん中で。
俺――アキヤは一人、木箱のすぐ横に展開したマイ陣地(折りたたみ椅子)に腰掛け、ストイックに薄型の特製タッパーを開けていた。
中に入っているのは、完璧な水加減でストイックに炊き上げられた『超圧縮玄米のレーション(携行食糧)』と、自家製の『大豆ミートのフェイク・トリュフ塩仕立て』である。
俺は、数千兆円の赤スパのまばゆい光と、一兆円のエルメスの鞍を横目に、一切の感情を排した元・社畜の無表情で、大豆ミートを圧縮玄米と一緒に口の中へ放り込み、淡々と咀嚼し始めた。
ゴリッ、バキッ、モグモグ……。
(……ふむ。極限まで密度を高めた圧縮玄米の強靭な腹持ちと、大豆ミートにまぶされたトリュフ塩の贅沢なミネラル。突発的な富の顕示という視覚的暴力においても、己の自律神経を冷静に保ち、貧富の差という名のバグを防ぐ究極の兵站食だな)
己の肉体という名のロジスティクスを完璧に維持しながら、俺は水筒の冷やしほうじ茶で喉を潤すと、五千万人を突破して世界の乗馬用品市場の相場を完全に破壊し尽くしているカメラと、腰を抜かしている小春ちゃんにキリッとした真顔を向けた。
いつもの『限界言い訳タイム』の発動である。
「小春ちゃん、未確認支援物資の受け取りご苦労。そして画面の向こうで、ただの無駄に重いだけの革製品に巨額の資本を投下して一兆円の鞍だと騒いでいる皆さまも、全員冷静になってください」
『出たァァァァァ!!!』
『一兆円のエルメス純金鞍を目の前にして、絶対にブレない男!!!』
『主の限界言い訳タイム・一兆円の鞍の完全封印編ww』
『さあ、この明らかにヤバいオーバースペックな贈り物をどうやって需品科の業務にするつもりだww』
俺は淀みない口調で、極めてフラットに言い放った。
「これは至高の贈り物でも、童話の装備でもありません。この装飾過多な構造物は、純金という極めて比重の重い金属(密度19.3g/cm3)を無駄に使用しているため、車両(エゾシカ王)に装着した場合、明確な『最大積載量(ペイロード)の超過』を引き起こします。兵站における輸送車両に求められるのは、車体の軽量化による燃費の向上と、積載スペースの最大化です。このような空力特性を無視し、自重だけで生体車両のカロリー消費を悪化させる『過積載の要因(デッドウェイト)』は、我が陣地のロジスティクスにおいては全くの無用の長物ですね。ええ、すべては冷徹な『輸送効率の最適化』と『燃費悪化リスクの排除』です。私が大豆ミートを噛み締めているのも、ブランド品という名の非科学的な権威に惑わされず、一刻も早くこの無駄な鉄屑を物置に封印して陣地の兵站を正常化させるための、需品科としての徹底した『資産価値防壁構築訓練』です」
俺は言い終わるや否や、一兆円のエルメスの鞍にホームセンターで買ったブルーシートを無造作に被せ、ヒグマに指示を出して蔵の中へと放り込ませた。
そして、そのまま蔵の扉を閉めて施錠しようとした、まさにその時である。
「んなわけあるかあああ!!!」
ドガァァァァァンッ!!!!
初夏ののどかな畑に、重装甲車のエンジンブロックを真っ二つに叩き割ったような凄まじい破砕音が響き渡った。
小春ちゃんが、俺の手からひったくった『蔵の防犯用・特大南京錠(真鍮無垢・防弾仕様、重量約七キロ)』を両手で軽々と大上段に構え、俺の頭頂部に向かってパーフェクトなフルスイングを見舞ったのだ。
七キロの硬質な真鍮の塊が肉体に直撃した、鐘を突いたような恐ろしい大爆音が、十勝の空へと虚しく響き渡る。
「ただの過積載の要因で、一兆円もする最高級のエルメスと純金の鞍を、ブルーシートに包んで蔵の奥に放り込む人間がどこにいるのよ!! どう見たって、新しい仲間になったエゾシカ王ちゃんに、VIPさんたちが世界一豪華な歓迎のプレゼントを贈ってくれた、激エモで最高にリッチな絆の証明でしょうが!! エゾシカ王ちゃんもちょっと嬉しそうに装備したそうにしてたのに、それを冷たい燃費悪化とかデッドウェイトとかいうお役所言葉で粉砕するんじゃないわよ!! そもそもなんで純金の前でフェイクのトリュフ食ってんのよ!!」
『小春ちゃんのキレキレ特大南京錠スマッシュ炸裂www(音が完全に攻城兵器ww)』
『最大積載量の超過(一兆円のエルメスの鞍)』
『過積載の要因のデッドウェイト(ただの超豪華な歓迎プレゼント)』
『適応力バグおじさん、ついに一兆円のエルメスを燃費が悪い鉄屑に分類しやがったww』
『言い訳が理不尽すぎて、最高のファンタジー装備だったのに腹筋が完全に崩壊したわww最高すぎる!!』
俺の理不尽極まりないロジスティクス的な限界言い訳と、小春ちゃんの容赦ない七キロの真鍮ツッコミに、五千万人の視聴者たちはロマンへの熱狂から一転、大爆笑の渦へと叩き落とされた。
『ミャウ(ほんと、一兆円の貢ぎ物をもらっても鈍器で叩かれないと目が覚めない、特大サイズの鈍感下僕ね)』
縁側の上から、純白の神獣シロ様が呆れたように俺を見下ろし、その美しいオッドアイの瞳を優しく細めてゴロゴロと喉を鳴らした。
サファイアブルーと琥珀色の二色の瞳は、数千兆円の電子マネーの輝きよりも遥かに眩しく、初夏の陽射しの中で、まるで世界中のどんな宝石よりも温かく美しく輝いていた。
畑では、エゾシカ王が「ブルル」と残念そうに封印された蔵の方を見つめ、巨大ヒグマが「グゥ〜♪」と慰めるようにその巨大な背中をポンポンと叩いている。
「……まぁ、理由はどうあれ。陣地の輸送効率を低下させる不要な装飾品が速やかに封印され、専属アシスタントによる七キロの質量ツッコミが防犯器具でも完璧に機能していることが確認できたのなら、作戦としては完全勝利だ」
俺は真鍮の南京錠の凄まじい衝撃で痺れた頭をさすりながら、初夏の風が吹き抜ける畑の中で、再びタッパーの圧縮玄米を口に運んだ。
「完全勝利じゃないですよ! ほら、この郵便物抱えたまま気絶してる配達員さんどうするんですか! スマホも大変ですよ、石油王さんがガチで鞍にダイヤ埋め込むとか騒いでますってば!」
「慌てるな。まずはその障害物(配達員)から重要な通信インフラ(郵便物)を安全に回収し、木陰へ退避させるのが先決だ。一兆円の鞍へのダイヤ装飾より、明日の水道料金の支払い用紙(兵站)の確保のほうが重い」
「だからお兄さんの優先順位、絶対におかしいですからね!? ヒグマさーん、エゾシカ王ちゃんと一緒に配達員さん運ぶの手伝ってーっ!?」
気絶した配達員を巡って畑でワーワーと騒ぐ俺たちの声と、ダイヤの追加発注に湧き上がるチャット欄の通知音が、初夏の青空へと響き渡る。
そんなカオスな日常の延長をよそに、シロ様は「やれやれ」といった様子で小さくあくびをすると、ぽかぽかとした縁側で心地よさそうに再びオッドアイの瞳を閉じた。
コメント
1件
わあ、今回もめちゃくちゃカオスで笑った…!🦌✨ 一兆円のエルメスの鞍を前に「燃費悪化するデッドウェイト」って言い放ってフェイクミート食べるアキヤさん、マジでぶれなさすぎて好き。小春ちゃんの七キロ南京錠ツッコミも痛快すぎて、読んでるこっちまで頭痛くなったよ(褒めてる)。 でも最後のシロ様の穏やかな眼差しが、全部の騒ぎを優しく包み込んでて、なんだかんだ温かい世界だなあって思えた。VIPたちの狂気のプレゼント合戦も、ちゃんとこの陣地の日常の一部になってるのがいいよね。次も楽しみにしてます🌙