テラーノベル
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教室の空気が落ち着きすぎていると、時々怖くなる。誰にも触られず、何も言われず、ただ日常が続くことが。
それが「穏やか」じゃなくて、「見捨てられた」と同義に感じるのは、おれのバグなんだと思う。
──だから今日も、おれは試す。
「ねぇ、日下部」
屋上の隅。昼休み。
ふたりきり。風の音だけが、耳の中でざらついている。
「もしさ、おれが今、触ってほしいって言ったら──どうする?」
日下部は、また困ったような顔をした。
そういう顔を見たくて言った。けど、実際見ると、少しだけ胸が痛くなる。
「……遥、それ、どういう意味で言ってる?」
「意味なんて、勝手に想像しろよ。触るって、手でも口でも、別に……どこでもよくない?」
「よくないだろ、普通に……!」
語気を強めて、でも怒ってるんじゃなくて、必死に守ろうとしてるのが伝わる声。
おれにはそれが、眩しすぎる。
「じゃあ、“普通”って、なに?」
笑った声は、自分でもうまく制御できてなかった。
どこかに飛んでいってしまいたくなる。
だって日下部の目が、まっすぐすぎて、正しすぎて、
──おれみたいなものに、向けられちゃいけないものだった。
「……触ってくれないのに、好きって言うんだ?」
おれの声は、少し揺れた。
予想外に、心の奥が軋んでいた。
「そっちのほうが、ひどくない?」
瞬間、言葉が返ってこない。
沈黙が、妙にリアルで、苦しくなった。
(ああ……また間違えた)
おれは、いつもそうだ。
「何もされないこと」がいちばんつらいくせに、
「何かされる」と、自分が全部嘘みたいに崩れてしまうのが怖い。
そしてそれでも、誰かに試さずにはいられない。
そうでもしないと、誰かの“感情”を信じられない。
──日下部は、立ち尽くしていた。
ゆっくりと、おれの前に立ち、
少しだけ震えた手で、おれの手首にふれた。
そっと、軽く、でも確かに。
「……触るよ。ここだけ、な。今日は」
それは、拒絶でも応答でもなかった。
ただ、おれの中の何かを崩さずに、でも見捨てないという、
とても静かな答えだった。
(なにそれ……)
胸の奥が、きゅっとした。
こんな反応、知ってるはずなのに。
体は覚えてるのに。
……全然、違う。
「バカじゃん」
そう呟いたおれの声は、少しだけ泣いていた。
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