TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
シェアするシェアする
報告する

冬のコテージは閑散としていた。

特別ななにかがあるわけではない場所なら尚更だ。

雪でも積もってスキー客が来る場所なら賑わいをみせているのかもしれないが、残念ながらこの辺りにはそんな大層な施設はないし、名産や名物といった類(たぐい)のものもない。唯一あるとすれば数年前に突如として湧いた温泉が各棟に引かれているくらいだろう。

そんな辺鄙(へんぴ)な場所に来たのは、シンが言った『温泉に入りたい』そのひと言によって実現された。

旅館やホテルでも良かったのだが、なるべく人目を気にせずゆっくりと2人の時間を過ごせる場所を探していたら、このコテージのHPに辿り着いた。

まだ築浅なコテージは木造2階建てで玄関扉を開けると木の香りが鼻を纏(まと)う。新しいのにどこか懐かしいような感覚がして部屋にも入っていないのになんだかわくわくしてしまう。

靴を脱いで玄関真正面の扉を開くと25畳程の広いリビング兼ダイニングがあった。全体的に木目をそのまま生かした内装は温かみを感じられる。床にはパイプを張り巡らせ源泉を流している為、素足で歩いても温かい。南西の方角の天井はガラス張りになっていて澄んだ空が眺望できる。それが開放的に感じられ実際の空間よりも広く感じられた。

扉左に必要最低限の電化製品を兼ね備えたダイニング、扉の中央から右にかけてリビングが広がる。ダイニングとリビングの中間に階段があり吹き抜けになっていて仕切りのない寝室へ行ける。その階段下にははめ込み式の暖炉が置かれている。暖炉は薪を焚べる昔ながらのではなくオイルで加熱するタイプだ。炎は薪タイプより優しく緩やかな揺らぎを見せている。薪のタイプも捨てがたいがこちらの方がなんだかゆったりと炎を見ていられる気がする。

そんな客の要望を叶えるように、暖炉の前には寝そべれるようなふかふかな絨毯がひかれその上に小さなテーブルとロッキングチェアと寝そべる事がでそうな長方形のソファーが1脚づつ置かれていた。

リビングには壁に沿って白いソファーとその前にガラスのテーブルが配置され、その奥の大きな窓を開けると小さなバルコニーがある。バルコニーにはバーベキューができる簡易な設備が整っていた。

「腹減ったっ!!」

荷物を放り投げると湊はバルコニーに繋がるガラス窓にへばりついて食い入るようにバルコニーを見ている。

「ちょ…湊さん!まずは荷物を片付けてから…」

「っなもん食べてからすりゃぁいいだろっ!まずは飯だメシっ!!」

温泉を楽しみにしていたシンとは違い、湊はここのHPで見つけた食事を1番の楽しみにしていた。鼻歌を唄いながら窓を開け放つとバルコニーに一目散に出ていく。

「はあぁぁ……」

そんな湊に大きなため息をつき湊の投げた荷物を拾い脇に寄せ後を追うようにシンはバルコニーにへと向かう。

バルコニーといっても、完全に外なわけではなく防寒対策がされていて周囲は開閉式の鍵付きのガラスで覆われていた。上部は波状になっていて重なり合う部が開いている。空気の循環はされるが雨や風は入ってこない造りになっていた。備え付けのバーベキューセットも煙は外に逃がすタイプなので寒いこの時期でも十分楽しめる。

「すっげぇぞ!シンっ」

興奮気味でシンの肩を何度も叩く。

湊が指指す先には事前に予約したバーベキューセットが既に用意されてバルコニーのテーブルに置かれていた。肉や海鮮、野菜といった定番の食材とチーズフォンデュやバーニャカウダといった少し珍しいものまで用意されていた。

目の前の食材を涎(よだれ)をたらしそうになりながら湊は凝視している。

そんな湊の横顔を見ながら、本当にこの人はアラサーなのかと思うと笑ってしまう。

材料を手にした湊がコンロに近づく。

「火、着けたんですか?」

シンはコンロを指さす。

「そっか…どうやって着けんだ?」

あっけらかんとしてそう言ってくる湊に呆れてしまう。

「摘みを回せばいいだけです」

「それだけか?」

「そうです」

「でも…両手が塞がってるからな…」

肉が盛り付けてある皿と野菜の皿を両手に持った湊はチラッとシンを見た。

「……」

「……」

悪気があるわけじゃなさそうなので、これ以上は突っ込まない。

「わかりました……俺が焼きます…」

シンはなんだか敗北感に苛(さいな)まれた気がした…。「じゃ、頼んだっ!」屈託のない湊の笑顔はそんなシンの感情など吹き飛ばしてしまうくらいに清々しく、抱きしめてしまいたくなるくらいに可愛いかった。


「湊さん、焼けましたけど…」

焼きたての肉や野菜を皿に盛って椅子に座っている湊に近づく。

「おっ、サンキュー」

バーニャカウダを先につまんでいた湊は、待っていました!と言わんばかりに箸を持つとシンが置いた皿に手を伸ばす。

ふと、湊が飲んでいるコップに目をやる。

「お酒…飲まないんですか?」

湊の横に置いてあるコップにはいつものビールではなくお茶が注がれていた。

「まだ…やめておくわ」

まだ…と言う事は、これから飲むのだろうか?せっかくいつものビールと良く合いそうなツマミもあるのに…とシンは思った。

「長時間の運転で疲れているんですからちょっとくらい飲んでも…」

「だからだよ……」

すかさず言った湊の言葉の意味がまだシンには理解できなかった。

「そうですか…」

美味しそうに肉を頬張る湊の前に座りシンも箸を持ち食事にありつく。

「美味(おい)しいっ…!」

頬張った肉の美味しさに思わず笑みが溢れる。頷きながら食するシンを湊は嬉しそうに見ていた。

「こっちも美味(うま)いぞ!」

そう言って帆立や海老等の海鮮が盛られた皿をシンの前に差し出した。

「どれも生きがよくてしかも身が大きいですね」

「明日香の店の魚も美味いけど、この魚介も絶品だなっ」

美味しい食事は会話が弾む。

何気ない日常の些細な出来事の会話が時間が経つのを忘れるくらいに楽しかった。

このまま時が止まってくれたら…そんな風に思ってしまう程に…。


「美味かったっ!なっ、シン!」

上機嫌な湊は一杯になった腹を叩く。

2人前とはいえその豪華さは全て食べ尽くせる量ではなかった。

「はい。とても美味しかったです」

空になった食器を片付けながらシンも満足そうに言った。

「じゃ、次は風呂だなっ」

湊の言葉に一瞬シンの動きがとまる。

「…で…ですね…」

吶(ども)るシンにニヤッとしながら

「おっさんと入るのがイヤなら別々でも良いぞ」

誂(からか)うように湊が言うと「イヤなわけないじゃないですかっ!寧(むし)ろ入りたいですっ!一緒にっ!!」

力を込める言葉に湊は苦笑する。

「なにムキになって言ってんだよ。シンちゃん」

ケラケラと笑う湊を軽蔑の眼差しで見る。

「もしかして湊さん、わざと言いましたね?」

「……バレた?」

そう言ってまた笑う。

シンが湊の誘いを断るなんてしない事を湊はわかっていてわざとそう言ったのだとわかると、やられた…という表情を浮かべた。

「楽しみにしてたんだろ?温泉。一緒に入ろう…」

そう言って誘ってきた湊の表情は先ほどまでの誂うような顔ではなくどちらかと言うと真面目な表情をしていた。

「はい…」

シンはそんな湊に気が付く様子はなく返事をすると素早く食器を片付け風呂の準備を始めた。

空の皿を持ちキッチンへと向かうシンの背中を湊は黙って見つめていた。その表情は先ほどまでの高揚した顔ではなくどこか淋しげに見えた。



2階へと続く階段の手前に水回りの扉がある。『湯』と書かれた暖簾をくぐると木の棚に籠が置かれた脱衣所があった。その造りは宛(さなが)ら小さな『銭湯』を彷彿(ほうふつ)とさせる。

浴室は総檜造りになっていて、ドアを開くと檜の香りが湯気と共に吹き込んできた。浴槽に注がれる湯は絶えず流れ出て檜の浴槽を満杯にしては溢れ出していた。

浴槽に足をつけると湯の温度は冷えた身体には熱いくらいに感じた。

「あっつ…」

いきり湯船に浸かろうとした湊は突っ込んだ足を勢いよく湯からあげた。

「かけ湯をして身体を温めてからじゃないと熱くて入れませんよ」

木桶に湯を汲み身体を流しながらシンは湊に忠告する。

「火傷するかと思った……」

余程熱かったのだろう。シンの言葉に従うように湊も木桶に湯を汲み身体を流す。

程良く温まったところで再度湯船に足を入れた。今度は難なく湯船に身体を沈められた。

「はあぁぁ…」

思わず声が出てしまう。

浴槽の広さは一般家庭の風呂の倍以上の広さはある。

湯船の枠に腕を置き、その上に顔を乗せた湊は檜の香る温泉を堪能する。

その様子を見ていたシンもゆっくり湯船に足を入れ肩まで浸かる。湊につられたかのように「はあぁぁ…」と声が漏れた。

しばらく黙ったまま浸かっていると、湯気で濡れた窓に手を伸ばし湊が開け放った。

白い湯気が勢いよく外に向かって流れると同時に冷たい空気が浴室に入り込む。

「さっみぃ…」

そう言って湊は急いで肩まで浴槽に浸かる。

窓の外には星空が広がっていた。それを湊は浸かりながら見上げる。

「湊さん…」

湊より少し離れて湯に浸かっていたシンが口を開く。

「ごめんな。シン…」

予期せぬ言葉が返ってくる。

「本当はもっと広い風呂の方が良かっただろ?」

「そんな事ないです」

湊の言葉に首を振る。

「星…綺麗だな……」

風呂の天井もガラス張りになっていて、湯に浸かりながら満天の星空を観ることができた。

「あの…もう少し近くにいっても良いですか…?」

遠慮がちにシンが言った。

「なに遠慮してんだ?いつもは真っ先に傍にくるくせに」

いつもの家の風呂なら大の大人2人が入れば否応なしに近くにいるだろうが、この広い浴槽ではいきなり近くに入ることを躊躇(ためら)ってしまった。

了承を得たのでシンはゆっくり湊に近づいて行った。

湊が見上げる夜空をシンも見上げる。

「本当に星が降ってきそうですね」

このコテージの名称は、『星降るコテージ』と名付けられていた。

部屋の至るところの天井がガラス張りになっているのは、この満天の星空を観るためだろう。

シンは湊の腰に手を回す。

「なにか…隠していませんか…?」

唐突にシンが言った。

「……」

湊はシンから目をそらし答えない。

嫌な予感が脳裏を過ぎる。

「記念日でもないのに急にどこか行きたい所はないか?なんて聞いてきて……」

「迷惑だったか…?」

「迷惑だなんてっ。湊さんと一緒ならどこだって楽しいです。だけど…」

「シン…」

湊はシンの首に腕を回し、引き寄せ唇を重ねた。

ーー湊さん……ずるい…。そんなことされたらこれ以上何も聞けないじゃないですか…。

腰に回した手で湊を引き寄せ目を瞑(つむ)った。


湊の異変にシンは気がついていたーー。


その時、天井から水滴がシンの背中にポタッと1滴落ちた。

「ゔわっ」

反射的に弾んだシンの様子に湊は声を出して笑った。

「ぷはっ!なんちゅう声出してんだシンっ!」

クックッと笑う。そして

「先にあがるぞ」

そう言って立ち上がる湊の腕をシンは掴む。

「待って湊さん!まだ話が終わってませんっ」

「……お前と一緒に飲みたくて持ってきた酒があるんだ」

シンを振り返ることなく湊が言った。

きっと湊は話す機会を伺っていたんだろう。食事の時にアルコールを飲まなかったのは多分これが理由だ。それを飲みながら何を言われるのかと思うとシンは身構えずにいられなかった。

「それは楽しみです……」

口先だけで答えたシンのその声は沈む心を映しているようだった。




先に上がった湊はすでに着替えを済ませ、冷蔵庫から取り出したお酒とグラスを暖炉の前のテーブルに用意して ロッキングチェアに座り目を瞑って揺られていた。

部屋の灯りは消され、暖炉の炎が湊の横顔 をゆらゆらと照らす。

ガラス張りの天井からはちょうど月が真南に昇っていて薄雲から淡い光が室内に差し込んでいた。

幻想的なその光景にシンは、ゴクンと唾を飲み込む。

「おせぇぞシン…」

椅子に揺られながら目を閉じたまま湊がシンに言った。用意されていた酒瓶の周りには温度差によって水滴が滴っていた。

「すみません…」

これから湊の口からどんな言葉が発せられるのかと考えているうちに怖くなって足が竦(すく)んでしまったなんて言えず遅くなったことを詫びるしかできなかった。

耐えきれない空気から逃げるように「なにかツマミでも作って…」そう言ってキッチンへ向かおうとするシンに

「いらない。そこに座れ」

間髪入れずに湊がピシャリと言った。

「はい……」

小さく返事をすると怖ず怖ずと湊の隣にあるソファーに腰を掛けた。

その様子を横目で確認すると湊は持ってきたお酒を手に取りグラスに少量注ぐ。

「スパークリングワイン。シンは初心者だからこの方が飲みやすいかと思って…飲んでみ?」

湊から手渡されたグラスに口をつけ、一口口に含み飲んだ。

炭酸の弾ける感じが喉を刺激しながらも白ワインの甘さが鼻を抜ける。

「苦手なら無理しなくていいぞ…」

「いえ、飲みやすくて美味しいです」

普段はあまりアルコールを飲まないシンでもこれなら飲みやすいと思った。

「そっか…良かった…」

そう言って微笑むと自分のグラスにワインを注ぐ。

静かな時間が流れていく。

沈黙を破ったのは湊だった。

「なぁ…シン…」

空になったグラスをテーブルに置いた湊は椅子ごとシンの方へ向ける。

「……はい」

返事をしてシンもグラスをテーブルに置いた。が、緊張でグラスを倒しそうになる。

「そんなに身構えるな…」

ふっと笑う湊の顔は、いつもの優しい笑顔だった。シンはほっと胸を撫でおろす。

その笑顔に安堵したシンに湊は手を伸ばしシンの頭を撫でた。

「今日は楽しかったか…?」

「……楽しかったです」

シンのその言葉を聞いて湊がにっこりと笑う。「だけど…」シンはそう言って続けた。

「やっぱりなんか変です…なんかあるなら言ってください。俺に反省点があるなら直しますから……だから……」両の手をギュッと握る。そして口に出したくない言葉を言った。「別れるとか……」

「ばーか。なに勘違いしてんだ?」

「だって…」

「お前は俺の自慢の恋人だ。俺には勿体ないくらいの…直さないといけないとしたらお前じゃなくて俺の方だ…」

「湊さんに直さなきゃいけないところなんてありません…」

湊は椅子から立ち上がるとシンをソファーに押し倒した。

「……好きだよシン」

そう囁いてシンに跨る。

突然の出来事にシンは困惑しながら

「………やっぱり変です」

そう言って理性を保とうとした。

アルコールが入ったせいなのか湊は虚ろな目で「イヤか…?」と、シンを誘う。

「……湊さん…?」

見上げる湊の横顔が暖炉の炎によって身体半分影が出来て表情が上手く読み取れない。

「……」

「……」

「シン…欲しい……」

湊がそう言った時、薄雲が抜けて月灯りに照らされた湊は、泣きそうな顔をしてシンを見下ろしていたーー。




【あとがき】

オリジナルに詰まりシンみなに逃げている作者です…。笑

長くなりそうなので、前後編に分けますね。


お話はもう少し続きます。

今回は真面目なお話ですが、よろしければ最後までおつきあいいただけたら嬉しいです。

それでは、後編へ……


2025.1.12

月乃水萌

この作品はいかがでしたか?

302

コメント

7

ユーザー

真面目の話もすごく好きです! 続き楽しみにしてます!

ユーザー

続きがすごく楽しみです✨️ また楽しみに待ってますね(⁎˃ᴗ˂⁎) 今回の物語も最高すぎますね💓‪

ユーザー

続き楽しみにしてます😊

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚