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外から聞こえる、電車の音で目が覚めた。
あたりはすっかり明るくて、鳥のさえずりさえも聞こえるぐらいに。
まだ少しぼんやりしたまま目を開けると、
目の前には樹音さんがいて、抱きしめられているのがわかる。
近すぎる距離に戸惑いながらも、
ふわっと香る柔軟剤の匂いが心地よくて、
胸の奥がじんわり温かくなる。
また眠りにつきそうになる自分を、なんとか引き止めた。
さすがに甘えすぎてはだめだ。
そう思って、起こさないようにそっと離れようとした。
その時、わたしを抱きしめている樹音さんの腕に、 すこしだけ力がこもった気がした。
なかなか離すことができなくて、
どうしようかと小さく葛藤していたら。
「……笑」
くすくすと、抑えたような笑い声が聞こえてきた。
視線を上げると、
少し眠そうな目をしながら、樹音さんがこちらを見て笑っている。
『起きてたなら声かけてくださいよ…』
恥ずかしさで、
自分でもわかるくらい声が小さくなった。
「だって必死に離そうとしててかわいかったから」
からかうような口調なのに、
声はやけに優しくて。
また、手のひらの上で転がされている気がした。
「ちゃんと寝れた?」
さっきまでの軽い表情とは違って、
少し目を細めながら、確かめるように聞いてくる。
『なんとなく…寝れた気がします…。』
「そっか。ならよかった。」
その言葉だけで、
ちゃんと心配してくれていたんだって伝わってきて、 胸の奥が少しだけきゅっとした。
「あ、そーいえば〇〇ってスマホ持ってる?」
急に話題を変えられて、一瞬戸惑う。
『もってます、』
「じゃあ連絡先交換しよ。
これならいつでも連絡できるでしょ?」
そう言いながら、
慣れた手つきで連絡先を交換される。
画面に表示された名前を見た瞬間、
理由もなく、胸の奥が静かに揺れた。
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「おれ、今日仕事なんだよねー。」
何でもないみたいに言うその声が、
少しだけ遠くに感じた。
「大丈夫?ひとりで待てる?」
『え…。帰んなくていいんですか…?』
まるで当たり前のことみたいに言われて、
驚いて、思わず声が少し大きくなる。
「昨日もいいよって言ったよ。」
「合鍵、置いとくから。
あ、でも外でる時は心配だから連絡して。」
少し鋭い目つきで言われて、
これは冗談じゃないんだってわかって。
小さく頷くしかなかった。
しばらくして、
「じゃあ、行ってくるね。」
そう言って、
玄関が閉まる音が静かに響く。
急に部屋が広くなったみたいで、
ひとりぽつんと残されたような気持ちになる。
帰ってくるってわかってるのに、
胸の奥に、どうしても小さな寂しさが残った。
気を紛らわせようと、
テレビのリモコンに手を伸ばした、そのとき、
机の上に置いてあるスマホが音を立てて光った。
【早く帰るからそんな考えないでね】
短くて、飾り気もないのに。
今のわたしが、
いちばん欲しかった言葉だった。
ジュノンside
気がつけばもう時計は夜6時をまわっていた。
(今日、樹音んち行っていいー?)
仲のいい同僚に、いつもの如く軽く誘われた。
「ごめん、今日はむり。」
そういいながら、デスクの上のものを片付ける。
(え、めずらしい。どーしたおまえ。)
目を丸くしながら聞いてくる同僚のことなんて気にすることもできずに。
足早にその場を後にした。
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いつもはエレベーターで帰るところを、今日は階段を使った。
そのぐらい、はやく帰って顔を見たかった。
そんな気持ちをぐっと胸にしまい込んで、
一呼吸してから家のドアを開ける。
洗面所で手を洗っていると、リビングから聞こえてくるテレビの音に気がついた。
――よかった、まだ家にいた。
そんな安心感に包まれたけど、すぐに気持ちを抑えてリビングのドアに手をつけた。
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リビングに入ると、
こちらを見て、少し安心したように微笑む〇〇の姿が目に入った。
その表情だけで、
今日一日の疲れが一気にほどける。
「ただいま。」
なるべく普段通りの声で言う。
「今日はなにしてたの?」
冷静を装って聞いてみるけど、
胸の奥では鼓動が早くなっていた。
『何もしてないです…。
ずっと、ぼーっとしてました。』
少し気まずそうに視線を逸らしたあと、
『あ、でも……。
樹音さんからの連絡、すごい嬉しかったです…』
照れたようにそう言われて、
一瞬、言葉が出なくなる。
……ああ、だめだ。
視線を逸らしても、
意識は完全に〇〇に向いたままだった。
「呼び方、さんつけなくていーよ。
あと、敬語じゃなくていいし……。」
気持ちを悟られないように、
できるだけ軽く言ってみる。
『じゃあ……樹音くんって呼ぶね…、?』
慣れていないのか、
少し首を傾げながら聞いてくる。
その仕草ひとつで、
胸の奥が一気に熱くなった。
鼓動が早くなって、
自分の頬が赤くなってるのがわかる。
これ以上ここにいたら、
顔を見られるのはまずい。
「なんも食べてないでしょ。
夜ごはん、つくってくるね。」
そう言って、
逃げるようにキッチンへ向かった。