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ヘアルスト王城は緊迫した雰囲気に包まれていた。
ユリスの失踪だけが原因だけではない。
数多の神殿騎士に囲まれて、フロル教の総本山……ルカロより客人がやってきた。
彼の名はアルージエ・ジーチ。教皇である。
国王ファーバーは笑顔を浮かべて教皇を迎え入れる。
「久しいな、教皇よ。息災であったか?」
「ああ。ファーバーも元気そうで何よりだ。会うのは二年振りか」
国王と教皇とでは、表面的な階級は相違ない。
どちらが上かを議論するには、かなり歴史的な事実を紐解かなくてはならないが……実際のパワーバランスは教皇が圧倒的に上だった。
そんな教皇が直々にやってくるのだから、ファーバーはこの上なく緊張していた。
アルージエが人前に顔を見せるのも異例の事態だ。
「さあ、城の奥へ。歓待の用意をしてある」
「感謝する。騒がせて申し訳ない」
アルージエとしては、ここまで大事にするつもりはなかった。
しかし手配した大司教が権威を気にして大事にしてしまったのだ。
アルージエはファーバーに誘われ、城へ入って行った。
***
面会は人を払って行われる。
アルージエとファーバー、護衛のための側近だけが部屋に。
まずは他愛のない話から入る。
「誕生祭はどうだっただろうか。王国のフロル教徒たちはみな敬虔で、恙なく祭りが執り行われたと思うが」
「ああ。その……とてもよき祭りとなった。教皇領からの協力もあり、今年も国民に示しがついたとも」
誕生祭。
その言葉を聞くと、ユリスのやらかしを思い出す。
しかし教皇の手前、ファーバーは見栄を張らなければならなかったのだ。
「ときに、僕は先日ユリス王子と会ってね。新たな婚約者を見つけたそうじゃないか」
「……まあ」
「そして彼は、僕に対して新婚約者を永遠に愛することを誓った。そこで提案があるのだが……ユリス王子の結婚式は、僕が祭司を務めようと思ってね」
アルージエの提案は耳を疑うものだった。
ヘアルストの国教はフロル教であるため、結婚式の祭司に神父を起用することが常識だ。
だが、教皇が直々に祭司を務めるとなると……光栄を通り越して恐ろしい。
「それは……むう。光栄なのだが、教皇も忙しいだろう」
ファーバーはユリスとアマリスの結婚に反対だった。
本音を言えば、シャンフレックと縒りを戻してほしいとも思っている。
もっとも、それは不可能に近い話だと思うが。
「いや。目前で永遠の愛を誓われた以上、祝福しないわけにはいかないさ。結婚式の折には、ぜひとも僕を祭司として招いてほしい」
「……わかった。だが、式は当分先になるだろう」
「楽しみに待っているよ。それで、ユリス王子はどちらに?」
アルージエの問いにファーバーは硬直した。
まさか王子が失踪中だと言うことはできない。
「い、いや……ユリスは少し遠出していてな。ユリスには後で伝えておこう。教皇が直々に祭司を務めてくれると知ったら、あいつもさぞ喜ぶだろうな。ははは……」
愛想笑いするファーバー。
アルージエは頷き、次の話題に移った。
「ところで、ユリス王子から話は聞いているだろうか。フェアシュヴィンデ嬢に関する件だ」
「む、シャンフレックが何か?」
「正式な発表があるまでは内密にしておいてほしいが、僕はフェアシュヴィンデ嬢を婚約者として迎えたい」
「なっ……!?」
あまりに突飛な話題に、ファーバーは腰を浮かす。
息子の元婚約者であるシャンフレック。
しばらく新たな婚約者は見つからないと思っていたが、まさか教皇が彼女を婚約者として迎えるとは。
「だが、問題がある。フェアシュヴィンデ領に反する勢力……具体的に言えばリスティヒ公爵家、シュラオ伯爵家など。教皇領とフェアシュヴィンデ領が結びつくと知れば、彼らは口を揃えて反対するだろう」
「間違いない。彼らは以前の戦争から犬猿の仲だからな。なまじフェアシュヴィンデ嬢の手腕がよいだけに、交易ルートを支配されているのも納得いかないのだろう。特にリスティヒ公爵家は戦争すら起こしかねんぞ」
そこでファーバーの出番だ。
諸侯を取りまとめるのが国王の役目なのだから。
「つまり、教皇はこう言いたいのだな。『フェアシュヴィンデ家に敵対的な諸侯を抑えろ』……と」
「話が早くて助かる。もちろん、政治的な介入はルカロとして避けるつもりだ。諸侯を抑えてもらう対価は、後ほど提案しよう」
「ううむ……難しい話だ」
ファーバーは頭を抱える。
だが、教皇の提案を断れるはずもない。
ここで教皇領に恩を売っておけば、確実に有利になる。
二人がそれぞれ思索を巡らしていると……
「──む」
「どうした、教皇?」
アルージエがふと顔を上げた。
「今、啓示を賜った。ヘアルストの悪しき芽、危難の兆候……すまない、ファーバー。話は後にしてもらえないだろうか。行くべき場所が出来たようだ」
「なに……? どういうことだ?」
「簡潔に言えば、奇跡によってヘアルスト崩壊の予兆を感じ取った。神の御言葉……とでも言うべきだろうか。詳細は僕にもわからないが、その場所へ向かってみるとしよう。また会合の予定をこちらから連絡する」
アルージエは立ち上がり、足早に去って行く。
呆けた表情で彼の背を見つめるファーバーだったが、すぐに立ちあがる。
「教皇がお帰りだ! お見送りを……いや、騎士団の護衛をつけろ!」
『ヘアルスト崩壊の予兆』──唐突に言われたが、この国の問題であればファーバーも黙ってはいられない。
アルージエにも神殿騎士の護衛がついているが、ヘアルストからも兵を出すべきだろう。
次々と出現する問題に頭痛を感じながらも、ファーバーは指示を出した。