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エレノイアは話を続ける。
「確かにあの頃の私は、“おしゃれ”というものに心惹かれてはいましたわ。本の挿絵に出てくるような可愛いお洋服を着てみたいというのが、裁縫に挑戦したきっかけでしたもの。でも実際に着てみたところ……私は、その1回だけで充分満足してしまったんです。ですから今はもう、自分で着飾りたいという願望や興味は一切ありませんのよ」
彼女の言葉は、俺にとって意外なものだった。
「……出来上がったワンピースは、納得の1枚だったんですよね?」
「ええ。憧れを全て詰め込んだ、理想通りの出来でしたわ」
「それなのに、もう着たいと思わないんですか?」
「『それなのに』というよりは……」
エレノイアは思案するように首をかしげる。
「むしろあのワンピースが納得の1枚だった“からこそ”、もう着たいと思わない、というのが的確でしょうね。」
エレノイアによれば、初めての服作りの最中は「ここをこうしよう」「あそこはそうしよう」と夢が膨らみ、その夢が徐々に現実になっていくのが楽しくて、非常に幸せな時間を過ごしていたらしい。
そしていざ、仕上がった服を着てみると。
確かに鏡越しに着用した自分を眺める瞬間は楽しかった。
鏡の前から離れてしまえば、せっかく作った理想の服を自分じゃ眺めることもできなければ。共に完成の喜びを分かち合う人も、料理を作った時のように完成した物を喜んでくれる人もいない。
完成した瞬間はとてつもなく嬉しかっただけに、その落差が激し過ぎたのだ。
「あのワンピースが、これ以上はないってぐらい納得の1枚だった“からこそ”……自分で着るという行為に、これ以上の楽しみが生まれる可能性を見出せなかったんですわ」
エレノイアの生活は日常に戻った。
規則正しく起床し、務めを果たし、勉強し、料理を手伝い、そして就寝。
生産系スキルの存在に気付く前との違いは、料理を覚え手伝うようになったこと。
最初のうちは毎日発見と驚きの連続だらけで楽しかった料理だが、毎日続けるうち、それはただの日常の1コマへと変わってしまった。
神託の巫女としては正しい生活。
だがそこには少しの刺激も無く、ただただ退屈な日常ばかりが過ぎていく。
ふと思い出すのは、試行錯誤しつつワンピースを作っていた頃の楽しかった日々。
巫女としてふさわしい毎日を送り続けなければならないと言い聞かせる自分と、刺激を求める自分との間に挟まれながら。
そんなある日。
いつものように神託の間にて、祈りを捧げていたエレノイアへ、神からのお告げがあった。「エレノイア、お主……何やら悩みを抱えておるようじゃのう。その悩み、思い切って全部素直に神官達へ話してみるがよい!!」と。
「はい、ごくごくたまにですが……神様は『このままじゃと、そのうち巫女の業務に影響が出そうじゃから、今回は“特別に”アドバイスしてやるんじゃぞ!』ともおっしゃってましたわ」
ちょっと意外に思う。
だけどよく考えたら過去、俺も“神様メモ”で似たようなアドバイスをもらったことがあったな……案外あの神様らしいのかもしれない、と思い直した。
「私は神様のお言葉通り、神官の皆様へと悩みを打ち明けました。そして分かったのは、あの時皆様が怒ったのはあくまで『神託の巫女としてふさわしくない服装をしていたから』という理由であって、“服を作る”という行為だけならば問題ないと……むしろ、過去に神託の巫女を務めておられた方々の中にも、息抜きとして趣味を持っておられた方は多数いらしたとのことで、少々拍子抜けしてしまいましたわ」
エレノイアは苦笑いし話を続ける。
神官達と相談した結果、「神託の巫女としてのイメージを保ち続けることができるならば」という条件付きで、趣味としての服作りを許されたエレノイア。
だが服の材料調達をしようにも、神託の巫女であるエレノイアは、基本的に神殿の外へ出ることはできない。
神殿内には裁縫に詳しい人物が誰もおらず、また近隣のエイバスの街の店で布を購入するにしても、神官が普通に購入しては、商店街の噂好きな女性達の格好の餌食となってしまうだろう。
そこで既に当時エイバス冒険者ギルドのギルドマスターであり、街での評判も高かったダガルガに「秘密を守れ、裁縫などアイテム生産に詳しく、材料調達を代行できそうな、信頼できる人物を紹介してほしい」と相談したところ……。
テオが胸を張る。
「あー……なるほどな」
俺は大きくうなずいた。
色々とやらかしまくっているテオだが、なんだかんだ冒険者としての評判は悪くない。
冒険者が依頼者の秘密は守るのは、当然のことだ。
アイテム生産に関しては、尋常じゃなくこだわっている。
一緒に冒険する中でも生産関連についてはしょっちゅう語りまくってるし、テオが必要以上に技術や高級素材を詰め込んで作ってもらった『ニルルクの究極天蓋』を見るだけでも、もう生産マニアと呼んでいいんじゃないかと思うレベル。
あと、そこまでファッションに興味が無い俺から見ても、テオは割とおしゃれっぽいし……確かにテオなら適任だろうなと、すんなり納得できたのだ。
ダガルガ、テオ、神官達、エレノイアで話し合い、まずは試しに1度『神殿からテオへの、買い物代行の指名依頼』という名目で依頼を発注してみることにした。
なお話し合いに呼ばれた際、ちょうどニルルク村で究極天蓋を作ってもらった直後で興奮冷めやらぬ状態だったテオが、テント作りの時に間近で見た職人達の凄技の数々をエレノイアへ語ったため、彼女はニルルク村に憧れているらしい。
依頼を受けたテオは、依頼された布や糸などの服作りに必要な材料以外に、気を利かせて、服に関する本や資料も様々調達してきた。
特にエレノイアが喜んだのは、様々な風景や建物と共に、思い思いの服を着た人物が描かれた絵が多数載った色鮮やかな画集だった。
神殿図書室に置いてあるのはほぼ古い本ばかりだったこともあり、今現在の世界の様子を知れるのが嬉しかったのだ。
またこの画集をきっかけに、彼女はただ服を作るのではなく、どんな人がどんな時に着るための服か、それを想像しながら作るようになったのである。
最初の依頼の成果に非常に満足したエレノイアは、神官達の承諾も得て、テオへ継続で定期的に依頼を発注しようと決めた。
基本はテオのセンスにお任せで材料や資料を調達してもらい、必要な材料を思いついた際は合わせて買ってきてもらうという形だ。
そしてエレノイアは、テオへお礼をしたくなった。
もちろん買い物代金や依頼達成報酬はエレノイアの小遣いから払ってはいたが、想定以上の仕事をしてくれた彼に対し、別に何かプレゼントをしたかったのだ。
考えた結果、彼女はテオへ帽子を贈った。
当時彼が着用していた物や、会話の中で得た情報から好みを探って作った帽子。
それを受け取ったテオは非常に喜び、なんとその帽子に合わせた服装備一式の製作を、今度は彼が金銭を支払う形で逆にエレノイアに依頼したのだという。
「……その時作った服装備一式、今でも着用してくださってますし、少しでもお役に立てたようでよかったですわ」
「いやこれさ、お世辞じゃなく気に入ってんだよねー。デザインも俺好みで、【防護加工】なんかもしっかりきいてるから防御力も充分で、ほんとよく出来てるぜっ――」
装備している服を触りながら喋るテオに、俺は思わず立ち上がった。
「テオ、お前が着てるのって、ロゼリアーナ製作のハット&コートセットだよな?」
「そーだよっ」
「ってことはまさか、エレノイア様が?」
「ええ、私がロゼリアーナですわ」
「そういうことか……」
以前ステータスを見て、テオがロゼリアーナが製作した服を装備しているのを知った際、確かに彼は「本人に直接依頼して、オーダーメイドで作ってもらった」と答えていた。
そして「本人が正体を隠したがっている」とも。
ロゼリアーナはゲームにも名前が登場する服飾職人で、細部やシルエットにこだわったデザインが持ち味であり、ロゼリアーナの作った服を好んで着るプレイヤーも一定数いる。
ただロゼリアーナ自身の姿を直接見たプレイヤーはおらず、どこに住んでいるのか、どういった外見なのか……なども一切謎に包まれていた。
さらに、その名前がついた服装備だけがほんの少しだけ市場に出回っていたり、仲間にしたキャラがたまたま装備している事でその存在を確認したりできるのみと、作品の流通自体も少ない。
そのため熱狂的なロゼリアーナブランドファンのプレイヤー達は、攻略サイト内プロジェクトの掲示板で情報を交換しつつ、その新たな作品を探し続けているのだ。
まさかこんなところにロゼリアーナが居たなんて……道理でプレイヤー達の必死の捜索にも引っかからないはずだよな、と俺は心の中でつぶやく。
「ちなみに、なんでロゼリアーナって名前をつけたんですか?」
「その……服を鑑定した際に『エレノイア製作』と表示されるのは、さすがにまずいのではと思いまして……服飾職人としての名前を別に付けたほうがよいだろうと考えたのです。その時たまたま目の前に、ダガルガ様へお譲りしようと取り置きをしていた『ローズ印の蜂蜜』がありましたので、そこから名前をとりましたの。私、あの蜂蜜大好きなんです!」
「なるほど、ローズ印が由来だったんですね」
以前小鬼の洞穴で、ダガルガにわけてもらったローズ印の蜂蜜入り紅茶の味を思い出す。
あれは確かに香りも良くて絶品だったし、エレノイアが好きだというのも分かる。
「服を作り始めてから最初の1年は、数ヶ月に1度ぐらいのペースで、テオ様に材料や本などを届けていただいておりました。テオ様の服装備を作ったあとは、神官の皆様へ普段着を作ってプレゼントしたり、自分用の部屋着を作ったりしていたんですよ。あくまで趣味として、身近な方の服を作るだけのつもりだったのですが……なんと、テオ様の服装備を見て『それはどこで買ったのか?』と問い合わせてくださる方がちらほら現れたんです!」
だが、引き受けたいという気持ちが大きかったため、テオづてでオーダーメイドの注文を受ける事に。
もちろん神官達にもその事は話し、「自分の正体は絶対に隠し、規模も本業の巫女の務めに差支えがない程度にとどめる」と約束の上、許可をもらった。
エレノイアにはそれが嬉しくてたまらなかった。
「でも……」
ここで、それまで楽しそうに話していたエレノイアが顔を曇らせる。
「時代は変わりました。今の私《わたくし》は……趣味を楽しんでいる場合ではないのです」
定期的に指名依頼をこなしていたテオからは「魔物がより狂暴だと噂の大陸西へ拠点を移したいので、今後の配達は不定期にしてほしい」との申し出があった。
神託の巫女であるエレノイアの元へも、各地の様々な情報が集まってくる。
彼女は胸を痛め、日課の神への祈りの中で救いを強く願う。
そして人々を援護するために、出来る限り実用性が高い服装備を作り、他の物資と共に西へと届けてもらうことにした。
現在のエレノイアにとって、服作りは趣味ではない。
魔王の侵略で苦しむ人々を1人でも多く救うべく、彼女の精一杯を詰め込んだ、せめてもの支援なのである。
「……先程テオ様に届けていただいたのも、そのための材料がほとんどですわ。テオ様、いつもありがとうございます」
「こちらこそ、ごひいきにどうもー。あ、でも根詰めすぎるともたないから、ちゃんと時々は息抜きするんだぞ。一応さっきの荷物にも、息抜き用の色々をちょっと入れといたからさ!」
「お気遣い感謝いたしますわ」
「ところでタクト様、もしよかったらなのですが……」
おもむろに、俺の目をまっすぐ見つめるエレノイア。
「……世界が平和になったら、タクト様のお洋服も1枚、私に作らせてくださいませんか?」
その言葉は、俺の胸にずしっと響いた。
魔王を倒し世界が平和になった後、あわよくばこの世界に残りたい気持ちはある。
だけど日本に帰りたいとの気持ちが完全に消えたわけじゃなく、決めかねているってのが正直な気持ちだ。そもそも神様には「世界を救ったら元の世界に帰す」と言われているわけだし、『この世界に残る』という選択肢が選べる保証だってない。
色んな考えが一瞬のうちに駆け抜けるが、ひとまず俺は笑い顔を作って答えた。
約束を守れるかどうかは分からない。
だけど今はこう答えるのが、大人のあるべき対応だと思ったから。