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白山小梅
12
#借金
1,754
ずっと憧れていた先輩がいた。
いつも明るく元気な先輩の笑顔を見ると、不思議と力が湧いてくるーーでもそれは彼女の努力によって作り上げられた姿だった。
だとしても彼女は生まれつき人を惹きつける何かを持っていたし、だから僕もこんなに惹かれ、ずっと忘れることが出来なかったんだと思う。
僕が経験した"恋"という感情は、後にも先にもあの人だけーー彼女が目の前からいなくなった時に、僕の中の恋心も凍りついてしまった。
もう二度と恋をすることはないだろうと思っていたのに、長い歳月をかけて、彼女は再び僕の前に姿を現したんだ。
あの頃と変わらない姿に、僕の中で凍りついていた感情が溶け、まるで時計の針が動き出したかのように彼女への想いが募っていく。
笑顔も、悲しみに暮れた涙も、怒って唇を尖らせた顔も、どんな春香さんも愛おしい。だって僕だけに見せる姿だから。
あの頃は『僕だけを見てほしい』し『名前を呼ばれてみたい』とずっと願っていた。だからまさかそれらが現実になる日が来るなんて、思いもしなかったーー。
「瑠維くん?」
突然声をかけられハッと我に返ると、心配そうに僕の顔を覗き込む春香さんの姿があった。
時折見せる首を傾げる仕草が大好きで、思わず胸がキュンと締め付けられる。
「あぁ、すみません。つい桜に見惚れてしまって」
「本当だねぇ。河津桜がこんなに咲いているのを見たのって初めてかも」
「確かに数本咲いているのは見かけたことがありますけどね」
川沿いに満開に咲く河津桜を見ながら、僕はポケットの中のものを今一度握って確認をする。
今日の旅行を計画したのは、あることを実行するため。そのために河津桜が咲くこの場所を選んだのだ。
「これから温泉と美味しいご飯も待ってるなんて、こんなに幸せでいいのかなぁ」
にこにこしながら話す春香が可愛いくて、ニヤけた顔がバレないようについ手で顔を覆った。
デートをするために来たわけじゃない。あの計画を実行するためにここに来たんだから、ニヤついている場合ではない。
頭を横に振って気合いを入れ直した僕は、桜に見惚れている春香さんの方に向き直った。
僕が話しかけようとした瞬間、春香さんは桜を見つめながら先に話し始めてしまった。
「桜ってね、私の中では分岐点の時に咲いていた花なんだ」
「分岐点……ですか?」
「そう。一度目はフラれた時。二度目は椿ちゃんと再会した時。私の名字が"佐倉"っていうのもあるけどね」
一度目というのは卒業式が終わった後のことだろう。僕は先輩があの人に告白し、そしてフラれた瞬間を目撃していた。
先輩が帰っても、春香さんは桜の下にいつまでも立ち尽くしていた。それを僕は離れた場所から見守るしかなかった。
だって僕が声をかけたところで、春香さんは強がるに決まっているーーその考えた矢先、彼女が大きな声で泣き出したのだ。
彼女は強いわけでも、元気なわけでもなく、ただ一生懸命な女性だった。彼女の弱さを目の当たりにした瞬間に、僕は春香さんに恋をしていたことをはっきりと自覚した。
「春香さん」
彼女が振り返った瞬間、穏やかな風が吹き抜け、桜の花びらが舞ったのだ。
「うわぁ、キレイ……!」
花びらの中で感嘆の声をあげた春香さんは、桜なんて目に入らないくらいキレイで、僕の胸は彼女の横顔に鷲掴みにされてしまう。
呼吸すら忘れて見惚れていると、春香さんは笑顔で僕の頬に手を触れた。
「ほっぺに花びらがついてるよ。可愛い」
「可愛いのは春香さんの方です」
思わず口から飛び出した僕の言葉に頬を赤らめた彼女を、居ても立っても居られず抱きしめてしまう。何年も経つのに、僕の心にはやっぱり春香さんしかいないのだと実感する。
『Love is blind』ーー恋は盲目。僕はそれでいい。あなただけに捕らわれていたいから。
意を決した僕は、彼女から少し離れて向き合うと、大きく深呼吸をした。
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