春の風がまだ少し肌寒く感じる四月。
風間陽(かざま はる)は、そうりょう高校の新3年生になったばかりだった。受験勉強に向けて気持ちを引き締めようと、昼休みの図書館で静かな時間を過ごしていた。
「……えっと、次のページは……」
静かな空間に、かすかなめくる音が響く。参考書に集中していた陽の前に、ふとした気配が近づいてきた。
「ごめん、ここ、いいかな?」
その声に顔を上げた陽は、一瞬、息をのんだ。
目の前に立っていたのは、長い黒髪をひとつにまとめ、制服のリボンをきちんと結んだ、落ち着いた雰囲気の少女だった。
「どうぞ……」
「ありがとう」
彼女は小さく微笑みながら陽の向かいの席に座り、本を静かに開いた。
それが、**佐伯澪(さえき みお)**との出会いだった。
*
放課後、陽は再び図書館へ向かった。静かで集中できるこの場所が、彼にとっては心地よかった。
本棚の影から、また澪の姿を見つけた。机に向かって勉強している彼女は真剣そのもので、話しかけることすらためらわれるほどだった。
——きっと、優秀なんだろうな。
そんな印象を抱いたそのときだった。
「ふふ……」
澪が、静かに笑った。
「え……?」
「さっきから、見られてるなーって思ってたんだけど……。まさか、また会うとはね」
陽は顔が熱くなるのを感じた。
「す、すみません……」
「謝らなくていいよ。ここ、落ち着くもんね。私も、最近よく来るんだ」
そのやり取りがきっかけとなり、2人は少しずつ言葉を交わすようになった。受験という共通の目標。静かで集中できる場所。そして、どこか似た空気を持つ2人。
まだ恋ではなかった。
でも、確かに何かが始まっていた。
*
数日後。陽は友人の**神谷迅(かみや じん)**にその出来事を話した。
「図書館の美少女……か。いいじゃん、青春してるねぇ〜!」
「ち、ちがいますよ! まだ名前くらいしか知らないですし……」
「“まだ”って言っちゃってる時点で、そういう気持ちはあるんじゃないの〜?」
陽はごまかすように笑った。だが、その心は少しずつ、澪という存在に引かれていくのを感じていた。
そしてこの日から、3年生としての一年が、静かに、でも確かに動き出したのだった。
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