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屋上。
「──じゃあ、今日の最初の“お願い”。」
日下部はそう言って、ポケットから何かを取り出す。
小さな紙切れ。メモだった。
「掃除用具室、3階の奥な。昼休み終わったあと、五分だけ。入ってろよ」
遥は、まじまじとそのメモを見つめた。
「……なんで、おまえが“スケジュール”知ってんだよ」
「ああ、それ? さっきの昼の暴力、いつもの流れからして午後はそこだろ」
軽く言う日下部の顔に、遥は息を詰まらせる。
「オレは、傍観者としてはけっこう優秀なんだよ。覚えてるだけで、あいつらのルーティン、五日分は言える」
「……」
「で、そこに“おまえが一人で”入ってれば、あいつら、“いい遊び道具が来てる”って喜んでくれるだろ」
遥の背がすっと凍った。
「……なんで、おまえがそんなこと……」
「だから、命令だって言ったろ。今日は、それだけ」
「……ただ入ってろってだけで?」
「うん。ただ、ちょっと、扉は内側から閉めてくれたほうが、ありがたいかな」
笑うその顔を、遥は見ていられなかった。
午後。掃除用具室。
六時間目のチャイムが鳴る頃、遥は一人、3階の奥に向かっていた。
(バカみたいだ……なにやってんだ、オレ)
(でも、もしあいつがほんとに……)
用具室の扉を開ける。
狭くて、ほこり臭い。古いモップと錆びたバケツの臭いが、鼻にまとわりつく。
中に入って、そっと内鍵をかけた。
──その数分後、ドアが乱暴に開けられた。
「いた、マジで入ってんじゃん!」
「はは、マジ従順……あれ、こいつ日下部のペットか?」
笑い声が一斉に巻き起こる。
逃げ場はなかった。空気が歪むほどの熱気。閉じ込められた音。
「声、出すなよ? “静かに済ませる”のが、おまえの取り柄だろ?」
遥の頭が壁にぶつかる。
中腰で無理やり押しつけられ、掃除ロッカーの金属音が鳴り響く。
「もうちょい表情豊かになんねぇかなあ」
「ちょっとカメラ回そっかな……いや、やっぱやめとこ。アイツ(教師)に見られると怒られんだよな、“ちゃんと隠せ”って」
薄暗い室内、詰め寄る手。
押さえつけられた腕。外に助けを求める声すら出ない。
遥は、ただ耐えていた。
(やっぱり、あいつ──日下部が、“入口”なんだ)
(家と学校がつながって──逃げ道が、なくなってく)