テラーノベル
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仁人の記憶は、戻らないままだった。
でも、メンバーとしての彼は何も変わらなかった。真面目で、努力家で、時々抜けてて、でも芯が強くて——俺がずっと惹かれてきたじんちゃん、そのまま。
ただひとつ違うのは。
もう、俺にだけ向けられてた“好き”の気持ちが、無くなってるってこと。
ある日、リハの帰り道。
スタジオを出たときに、ぽつぽつと雨が降り始めた。
「わ、やば…傘忘れた… ま、濡れて帰るか?」
「……でも太智、風邪引きやすいでしょ?」
「ん?」
そう言った仁人は、自分のリュックから折りたたみ傘を取り出した。
「俺、あんまり濡れても平気だし。入って?」
「俺の方が身長高いから、俺が持つわ」
「じゃあ半分こね笑」
少し照れたように笑って、俺に近づいてきた仁人。二人で一本の傘に入った瞬間、心臓が跳ねた。
距離が近い。
その息遣いも、ぬくもりも、俺が何度も抱きしめた人のそれなのに。
でも、じんちゃんは今、ただの“メンバー”として、俺を見てる。
「なあ、仁人」
「ん?」
「…なんで、そんな優しいん?」
「え?」
「記憶ないなら、俺のこと、そこまで気にせんでええやん。…なんで、そんな風にしてくれんの?」
仁人は、少し黙って、それからぽつりと呟いた。
「なんか、気になるんだよな。太智のこと」
「え?」
「最初は理由が分からんかったけど。ふとした時に、お前の声とか表情とかに…胸がぎゅってなるだよ」
「……」
「記憶なくしたって言われても、なんか、本当はすごく大切な人だったんじゃないかなって…」
その言葉に、喉の奥が詰まって何も言えなかった。
雨の音だけが、静かに響いていた。
その夜、舜太からメッセージが来た。
「じんちゃん、今日だいちゃんの話めっちゃしてたで! “自分のこと、昔どれくらい好きでいてくれたんかな”って」
胸がまた、ちくりと痛んだ。
俺は今、もう一度——
君に恋をしてもらおうとしてる。
付き合ってた頃より、もっと好きになってもらえるように。
全部、思い出さなくてもいいから。
もう一度、“今の俺”に、恋してほしい。
コメント
1件
素敵です!!