翌朝、教室の空気はいつも通りで、賑やかだった。瑚音彩花は胸にスケッチブックを抱えながら、自分の席に着いた。
昨日の出来事が頭から離れない。
傘を貰ったことに感謝の言葉すら言えていないのだから。
昼休み。廊下を歩く平岸燈弥を見つけた彩花は勇気を出して声をかけた。
「あの…!昨日は、傘、ありがとう、」
燈弥は少し立ち止まり彩花を見た。
「ん…?あー、そんなこともあったな。いいよ、」
軽い調子で笑う燈弥に彩花は少しだけ戸惑った。
また、心が揺れた気がした。
放課後、彩花はスケッチブックを開き、昨日の傘のシーンを描いた。
静かな昇降口、雨、差し出された傘。そして彼。
帰り道。スケッチブックを抱えながら歩いていると、階段でつまずき、スケッチブックが床に落ちた。
ページがめくられ、傘の絵が風に揺れる。
「あんた、ドジだね」
頭上から声が聞こえた。上を向けばそこには燈弥が立っていた。
彼は絵を拾った。
「…え、すご。絵、上手くね?」
燈弥とは、この出来事から、距離が少し近くなった気がした。
昨日の出来事。数分の出来事が起こった。たったそれだけなのに、彼は自分に声をかけてくれていた。
そのことに、嬉しく感じる自分がいた。