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リオルドの言葉にバシュラドは不愉快そうに表情を歪めると、吐き捨てるように声を荒げた。
「卑賤の輩が!! 尊き王家の血筋を受け継ぐ私に、対等に話し掛けるなど厚かましいにも程がある! 何故私がこのような扱いを受けねばならぬ、何故私が玉座では無くこのような質素な床に座らねばならぬ!」
バジュラドはリオルに視線を向け、憎々しげに睨み、ぶつぶつと不満を口にしている。
その様子を見たリスティアナも、リオルドも眉を顰めるとちらり、と自分達の後ろにいるルカスヴェタに視線を向けた。
だが、ルカスヴェタは軽く肩を竦めるだけで、何も発しない。
──何処かまだ、希望を持っていたのかもしれない。
王家の血筋である王兄バジュラドが、本当にアロースタリーズ国を裏切ったのか。
何か、他に理由があって仕方なく敵方の味方をしなければいけないような、深い理由があったのかもしれない、と僅かながら勝手にそのような考えを抱いていたのだ。リスティアナも、リオルドも。
だが、その考えが甘かった事に気が付き、リオルドは視線を床に落とした。
このような場所で、ウルム国の兵達が居る場所で、バジュラドははっきりと口にしてしまった。
自分の意思で王家を、自分の弟である現国王陛下を裏切る行為をしていた事を認めてしまった。玉座を望む発言は、取り消すことは出来ない。
叛逆の意思があった、と言う事が分かれば──極刑は免れない。
リオルドは、唇を噛み締める。
バジュラドに向かって足を踏み出し、険しい表情で告げた。
「──バジュラド、様。スノーケア辺境伯家は、辺境伯の居城は敵方に囲まれているのですか? 敵方はどれくらいの軍の規模なのですか。敵軍は帝国ですか、それとも──……」
リオルドの言葉にぴくり、と反応したバジュラドは顔を上げた。リオルドの髪の色と瞳を見て「ああ、そうか」と何処か虚ろな瞳で呟いた。
「──その白銀の髪の毛……青い瞳……お前はスノーケアの血筋か。血縁者が心配か? 助けたいか? それならば私を解放しろ」
「家族を心配し、助けたいと思うのは当然の事ですが、バジュラド様を解放する事は出来かねます」
「何故だ? もし私を解放したら相手の軍の詳細を教えてやろう。このままここで無為に時間を消費するのは悪手だろう? 情報を渡してやるかわりに、私を解放しろ」
拘束されている状態で、バジュラドは何処か傲慢さを醸し出しながら解放するのが当然と言うようにリオルドに向かって口端を持ち上げる。
リオルドに向けていた視線が、彼の少し後ろにいるリスティアナに気づき、バジュラドは微かに目を見開いた。
「──女?」
「……っ」
バジュラドに視線を向けられたリスティアナがぴくりと反応すると、リオルドがリスティアナの姿をバジュラドの視線から隠すように自分の体をずらした。
その反応にバジュラドは不愉快そうに瞳を細めると、口を開いた。
「──その顔、あのメイブルムの血筋か。小癪なあの男の娘だろう? 死んだ母親に良く似ているな?」
バジュラドの言葉にリスティアナは瞳を見開く。
侯爵夫人であれば、王兄とも面識があったのだろうか。だが、バジュラドはリスティアナの母親を良く知っているような雰囲気に見えて、何処かその不自然さに眉を寄せた。
「そうだな、良く似ている……。母親に似ている……。あと数年もすればきっとそっくりになるだろうな……」
虚ろだったバジュラドの瞳に、何か良くない感情が灯ったような気がして、リスティアナは急いで視線を外した。
バジュラドの視線に気が付いたのは、リオルドとルカスヴェタも同じようだ。
リオルドはリスティアナの姿を自分の背中に隠し、バジュラドを強く睨み付ける。
「──スノーケア卿。後は私が代わりましょう。この様子だと、相手の情報をこの男は吐かないでしょう」
「ですが、軍隊長殿……。この件までお任せしてしまうのは流石に……」
「スノーケア卿も、一刻も早く兄上の元へ向かいたいのでは? ……それに、我々はアロースタリーズの国民ではなく、ウルム国の人間です。故に、この国の王族や尊い王家の血筋とやらを尊重する気も、躊躇う気持ちも無い。情報を得るには、取引をしなければならない、と言う事も……無いですからね」
ルカスヴェタはリオルドに話しながら自分の軍服を脱ぎ出すと、上着を近場に居た自分の部下に手渡し、袖のボタンを開けて捲る。
リオルドはルカスヴェタの行動に、何処か緊張した面持ちになる。
「何をするのか」を察してしまったのだ。
「──リスティアナ嬢と上の階に居た方がいいでしょうか?」
リオルドの言葉にルカスヴェタは「そうですね」と頷くと軽い調子で言葉を続けた。
「一番上の階に居て頂いた方がいいでしょう。……念の為」
ルカスヴェタの言葉に、拘束されていた王兄は顔色を悪くさせた。
ルカスヴェタの言葉を聞いたリオルドは、リスティアナを伴い急ぎ足で部屋を出る。
恐らく、ルカスヴェタの口振りからして王兄であるバジュラドの口を割らせるつもりだろう。
その様子を、流石にリスティアナに見せる事も、聞かせる事も出来ない。
「ス、スノーケア卿……っ、少し早いです……っ」
「……っ、! も、申し訳ないリスティアナ嬢……っ!」
リオルドはリスティアナの手を握り、先程まで自分達が居た部屋から足早に遠ざかっていた。
だが、長身のリオルドと女性のリスティアナでは、歩幅は違う。
王兄のじっとりとした、どこか気味の悪い視線から、リスティアナを遠ざけたかった。
あの部屋で行われる事から、リスティアナを遠ざけてしまいたくて。
無意識に足早になっていた事を、リオルドは悔いる。
「気を使って下さり、ありがとうございます。ですが、私も軍隊長殿がなさろうとしている事は……、分かりますわ……。そのような場所から遠ざけようとして下さりありがとうございます」
リスティアナは眉を下げて笑うと、リオルドに繋がれた手に力を込めてきゅっ、と握り返す。
リオルドも何とも言えない複雑な表情を浮かべ、リスティアナの手を握り返して最上階に向かう。
砦の最上階は、見張りが出来るよう周囲を見渡せるような造りになっている。
リスティアナとリオルドは手を繋いだまま最上階に来ると、見張り役の者達に軽く声を掛ける。
砦の最上階からお互い無言で目の前に広がるタナトス領に視線を向けた。
上空には鷹のミーガンが旋回しており、リオルドの姿を見付けると高く鳴いた。
「──あちらの方角に、スノーケア当主が過ごす居城があります」
リオルドは、リスティアナと繋いでいない方の手で指し示す。
リスティアナはリオルドの指先が示す方向へと視線を向けた。
「他国と国境の地であるタナトス領を守る当主の居城なので、堅牢な……まるで要塞と呼べるような造りにはなっているのですが、居城は無事でも……領民に被害が及んでいないといいのですが……」
「スノーケア辺境伯は状況判断にとても優れていらっしゃる方で、戦もお強いとお聞きします。……ですからきっと、異変を感じた段階で領民を居城に避難させていますわ」
リオルドを慰めるような気持ちで告げたのでは無く、リスティアナは本当に心からそう思っている。
気遣うでも無く、淡々と事実を告げるようなリスティアナのその言葉に、リオルドは自然と笑顔を浮かべた。
リスティアナの言葉が真っ直ぐリオルドの心に刺さったのだ。
その言葉がどれほどリオルドの気持ちに寄り添い、不安だったリオルドを励ましているのか、リスティアナは全く気付いていない。
リスティアナは勝気な笑みを浮かべ、リオルドに顔を向けた。
「それに、お父様は辺境伯のご無事を確認している、と言っておりました。先程スノーケア卿が仰っていた居城の方角から……ここから見る限りですが、戦が起きているような砂埃も、戦火も上がっておりませんわ」
「ええ、そうですね」
リオルドがリスティアナの手をぎゅう、と握るとリスティアナは握り返してくれる。
二人が暫くその場でぽつりぽつりと話していると、階下からリスティアナとリオルドを呼ぶ声が聞こえた。
王兄であるバジュラドから、全ての情報を得た、との報告であった。
◇
リスティアナとリオルドがルカスヴェタの報告を聞き、急いで下に戻る。
すると、着替えを終えたばかりのルカスヴェタが、二人にスノーケア辺境伯の居城の現状について説明をしてくれる。
「スノーケア辺境伯の居城は、五つの軍隊から包囲されてはいるものの、居城の跳ね橋は全て無事らしいです。辺境伯は奇襲と撤退を交互に行いながら少ない軍勢で長期戦に持ち込んでいて、戦死者もそこまで多くないようで……。異変を感じた際に半分の軍勢を国境に向かわせ、入ってきた敵勢力を分断して逆に閉じ込め、国境の守りを堅牢にしたそうで……いやはや、流石タナトス領を守る方です……お強い」
「……! 本当ですか……っ、」
ルカスヴェタの言葉に、リオルドはほっとしたように表情を綻ばせる。
「我々が姿を見せれば、辺境伯の軍勢が呼応して下さるでしょう。退路が絶たれている敵軍勢は前にも、後ろにも退がれぬと知れば士気も落ちますので一気に叩いてしまいましょう」
にっこり笑顔を浮かべるルカスヴェタに、リオルドも頷き返す。
スノーケア家のリオルドが姿を見せれば、味方の兵士達も士気が上がる。
相手の士気を下げ、味方の士気を上げて短時間で全てを終わらせる策を事を披露したルカスヴェタに、リオルドはルカスヴェタと出会い、その戦術に触れる事が出来た事に、深く感謝した。
ルカスヴェタの策を実行するため、リオルドが進軍に加わる事となった。
コメント
1件
第33話読みました…!バジュラドの傲慢さと、そこから漂う不気味な執着がすごく重くて、背筋が冷えました。特に母親に似てると言ったときの目つき、あれは絶対に何かある…。リオルドがリスティアナを守ろうと手を引くシーン、ギュッと握り返す仕草が温かくてホッとしました。ルカスヴェタの“そのための手段”を選ばない感じもカッコいい…。戦況が動き出して、次が気になります!🌙