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「……疲れた時や夜、指輪から負の力を強く感じる事はある。だがまだまだ対抗できる」
「先帝陛下はどのように森へ魔力を向けたのですか?」
心配して尋ねると、彼はしばし沈黙してから答えた。
「……父上は常に、どこと決まっていない架空の森の事を考え、心を支配している黒いものを解放するイメージをしていたそうだ。そうしたら西の森が実際に瘴気を放つようになってしまった。だから俺は今、特定の何かに悪い感情を持たないよう心がけている」
彼の努力を知り、私は眉を寄せる。
「……どんな物でも負の魔力の影響を受けるなんて……。ちょっとした意識の向け方が悪影響を及ぼすなら、細心の注意を払わなければなりませんね」
彼は大きな問題を抱えているのに、陳腐な事しか言えない自分が情けない。
私はしばらく黙っていたけれど、ハッとして尋ねた。
「この指輪や魔石を破壊する事はできないのですか?」
諸悪の根源を絶ってしまえば……と思ったけれど、アルフォンス様は小さく首を横に振った。
「それを実行しようとして、過去に何人もの騎士や勇気ある者たちが命を落とした」
返事を聞き、私は表情を強張らせる。
「魔王が出てきて仕返しをした……とか?」
「いいや、魔石に攻撃をすると、同じだけの衝撃が跳ね返る。剣で斬りかかれば斬撃が襲い、魔術で攻撃すれば同じだけの攻撃が術者を襲う。そして魔石は傷一つつかない。……今は『魔石は破壊不能』とされている」
「そんな……」
私は途方に暮れ、溜め息をつく。
アルフォンス様は落胆した私を励ますように、トントンと背中を叩いてきた。
「この件については、すでに臣下たちと十分考えたし、過去の皇帝や臣下たちも沢山悩んだ」
「……そうですね。私がここで思いつきを口にしても何にもなりませんよね」
「いや、君がこの話を聞いたのは初めてだし、動揺するのも無理はない。色々考えてくれてありがとう」
感謝され、キュッと胸が切なくなる。
(この方は長い間不安に苛まれていたのに、ずっと私を心配してくださった。私は彼の悩みをまったく知らなかったのに……)
初めて出会った時、アルフォンス様は十四歳だった。
おそらくあの頃にはすでに、皇位継承と共に何を継ぐのか教えられていただろう。
先帝陛下は次第に賢帝としての人格を失い、アルフォンス様に帝位を追われる事を怖れるようになっていた。
アルフォンス様はずっと巨大な力と対峙し、戦い続けてきたのだ。
(だから私に目をかけてくださったのかもしれない。独りぼっちでこの世で一番不幸という顔をした私を、放っておけなかったのだわ)
そう思うと、余計に感謝と敬愛がこみ上げる。
私は彼の手を両手でギュッと握り、ひたと見つめて訴えた。
「……今すぐは無理でも、私がいつか必ずアルフォンス様を幸せにしてみせます」
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「ありがとう」
アルフォンス様は色素の薄いブルーアイを細め、心の底から嬉しそうに笑う。
――私は絶対、この優しい皇帝陛下を幸せにしてみせる。
私は叶え方の分からない願いを胸に抱き、己に誓いを立てた。
**
そうやって帝都で想いを確かめ合ったのに、私たちの愛をせせら笑うような出来事が起こった。
「………………はい…………?」
帰国してから一週間後、私は家族が揃ったサロンで、父の言葉を耳にして呆けた声を漏らした。
ノロノロとレティを見ると、彼女も私と同じように驚いて口を開いている。
父は私たちの反応を見て悩ましげに溜め息をつき、もう一度言った。
「帝国の上皇陛下カール様が、どうしてもレティシアをアルフォンス様の妻にせよと仰っている」
そう言って、父はテーブルの上に書状を滑らせた。
レティと二人で書面を覗き込むと、確かに文末にはカール様のサインがある。
「……どういう事ですか?」
唇をわななかせて尋ねると、両親は申し訳なさそうな顔をして視線を泳がせる。
今までアルフォンス様と個人的に仲良くしていた事を公にしていなかったけれど、両親は私と彼が親密にしている事を知っていたはずだ。
父は静かに溜め息をつき、説明する。
「あまり公にされていないが、帝国内では勢力が二分されている。若くして帝位を継いだアルフォンス様につく者と、上皇陛下につく者。二つの派閥は表立って争ってはいないものの、水面下で不穏な動きがあるそうだ。暗殺未遂には至っていないが、上皇陛下はアルフォンス様がご自身を退位に追いやったと恨まれ、亡くなられたクラウディア様の死因も現帝陛下のせいだと主張されているとか」
「そんなはずありません!」
私は思わず口を挟んでいた。
クラウディア様の死因は産後の肥立ちが悪く、次第に衰弱して風邪をきっかけに亡くなられたのが理由だ。
アルフォンス様も仰っていたけれど、確かに彼女は第一子である彼を出産したあとに体調を崩された。
けれどその二年後に次男、さらに一年後に長女を出産されている。
そのあとに亡くなられたのだから、アルフォンス様だけのせいとは言えない。
父にその旨を訴えると、彼は重々しく頷いた。
「承知しているとも。……だが愛する妻に先立たれ、お心を病まれた先帝陛下は、ご自身の苦しみを何かのせいにしなければ生きられなかった。お前も結婚すれば分かる」
「……だからと言って、現在の皇帝陛下であるアルフォンス様のご意志を無視されるなんて」
苦言を呈する私の手を、レティがそっと握った。
ハッとして彼女を見ると、姉は両親に向かって微笑んだ。
「こうして書状を受け取った以上、シャレット聖王国は帝国に誠意を見せなければなりません。ご命令に背く意志があるなら、書状を使者に突き返すべきです」
もっともな事を言われ、私は口を噤む。
そこでシャルルが発言した。
「父上は長年カール陛下と親交を重ねていらっしゃったのから、断れなかったのではありませんか?」
的を射た言葉を聞き、私はさらに何も言えなくなる。
けれど、どうしても諦めきれず尋ねた。
「ですが現在の皇帝陛下はアルフォンス様です。……もしもこれが彼の意に沿わない事だったら……」
するとレティが目を見開いて尋ねてきた。
「アルフォンス様に想い人がいらっしゃるの? 初めて聞いたわ」
無邪気な言葉が胸に刺さり、私は息を詰まらせる。