計画の見直しを迫られるオレ。
目の前に座る、見るからに『口より先に手が出るような女』と、少女漫画のような純愛ができるとは思えんし……
まあ、マリンお抱えの作家さんは他にもたくさんいる訳だし、この仕事を続けていれば知り合う機会はあるだろう。
そんな事を思いながら、張り込みの時にも使っていた伊達メガネ越しに窓の外を眺めていた。
変装用と言うには心許ないけど、何もしないよりはマシだろう。ココは地元な訳だし、どこで知り合いと出会うか分からんからなぁ。
向かい席で何やらキャンキャンと吠えてる千歳の話をテキトーに聞き流しながら、オレは窓の外で会社に電話している歩美さんを眺めていた。
すると――
「えっ? ナニナニ?」
「もしかして、痴話喧嘩ですか~?」
「ギャハハハ~ッ!」
と、千歳の声を遮るように聞こえて来る、バカッぽい声。
オレは片手で頬杖を着きながら、横目で声の主達を確認する。
うわぁ……いかにも頭悪そうなDQN系。関わりたくねぇな、オイ……
見た目は高校生くらいの三人組。
まあ、平日昼間にこんなトコにいるような奴らだから、高校に行っているかは分からんけど。
「ねえねぇ、お姉さん。そんな彼氏ほっといて、俺らと遊ばね?」
「つか、ケンカしてんならぁ、俺らがソイツ、シメてやろうか?」
「まっ、シメられんのがヤなら、財布置いて先に帰ってもいいけどな」
彼氏じゃねぇし、お子様にシメてられるほど、鈍ってもねぇての。
ってか、千歳にナンパかけるとか、命知らずな奴等……
「はあぁ……悪いけど、アンタらみたいな頭悪そうなガキに興味ないから。お子様は家帰って、大人しく漢字のドリルでもやってなさい」
案の定……いや、予想よりかなり穏便に、ナンパ男共をあしらう千歳。コイツも、丸くなったもんだ。
まっ、この程度で引き下がるようなら、DQNなんてやってないんだろうけど……
「んな、つれないこと言わねぇでさっ。遊ぼうぜ」
三人の中でリーダー格と思われる金髪に鼻ピアスの男が、馴れ馴れしく千歳の肩へと手を伸ばしていく。
「ちっ……」
オレは舌打ちをすると、空いている方の手で飲みかけのジンジャーエール掴み、ソイツの顔へとぶちまけた。
「わぷっ!? テ、テメェー! なにしやがるっ!?」
鼻ピー男の怒声が響き、後ろにいたおデブとグラサンの二人が身構える。
「っんなデケェ声出さなくても聞こえてるつーの……てか、感謝しろよ。オレが先に動かなかったら、テメェのマズいツラにタバスコが|顔射《がんしゃ》されてたぞ」
そう言って、千歳の方へ目を向けるオレ。
そして、その視線を追うようにナンパ男達の目も千歳へと向けられた。
視線の先にあったのは、タバスコの瓶を握った千歳の右手。
親指でキャップを開けようとしていた千歳は、軽く舌打ちをしてタバスコの瓶を置いた。
「なあ? このおっかないお姉さんは、ガキどもの手に負えるような相手じゃねぇんだ……分かったら席に戻って、大人しくお子様ランチでも食ってろ」
誰がおっかないお姉さんよ――と、不服そうに呟く千歳をスルーして、お子様達を優しく諭すオレ。
が――
「テメッ! ナメてんじゃねぇぞコラッ!!」
お子様達には、オレの親切心が伝わらなかったらしい。
激昂して声を張り上げ、テーブルに勢いよく手のひらを叩き付ける鼻ピー男。
「テメェらっ! 俺らが誰かしっ、てててててーっ!?」
オレは好意が伝わらなかった事にひとつため息をついてから、目の前にあった手のひらの人差し指を掴んで捻じり上げた。
「だから、デケェ声出さなくても聞こえてるつーの。他のお客さまに迷惑だろ?」
「いててててーっ! はっ、放せってててっ! 折れるっ、折れるてぇーのっ!!」
更に大声で喚き出す鼻ピー男。
だから、他の客に迷惑だつーの……
それとも何か? お前らは、他人に迷惑掛けんと死ぬ生き物か何かなのか?
「てか、細くて柔い指してんな、オイ……オマエらイキがっているけど、ホントはマトモにケンカなんてした事ねぇだろ?」
そう言って後ろの二人へ目を向けると、視線を逸らすように後ずさるおデブとグラサン。
はぁ……図星か。
「ったく……少しはこのお姉さんの、ゴツイ指を見習ってから出直して来い」
オレは脱力気味にため息をついてから、掴んでいた指を放した。
「って、人聞きの悪いこと言ってんじゃないわよっ! ゴツイのはペンだこのある指だけっ! それにペンだこは漫画家の勲章だっつーのっ!!」
ペンだこが漫画家の勲章だというのは認めるけどな――
とりあえず、対面で喚いている千歳をスルーして、オレはゆっくりと立ち上がった。
「ワリーけど、今はオマエらと遊んでやってるヒマはネェんだ。またヒマな時なら遊んでやるから、今日のところは引いとけや」
そう、いつまでも子供の駄々に付き合ってるヒマはない。電話中の歩美さんが戻って来るまでに、この場を穏便に収めなくてはならないのだ。
オレは伊達メガネを外し、涙目で指を押えている鼻ピー男を睨みつけた。
悔しさを滲ませつつも、怯むように後ずさる男達。
オレがダメ押しとばかりに、指をポキポキと鳴らして一歩踏み込むと――
「チッ……お、覚えてろよっ!」
と、お約束なゼリフを残して、すごすごとレジへと向かうヘタレ共。
そのセンスの悪いスタジャンの背中を見送りながら、オレは苦笑いを浮かべ、再び席に座った。
「ってか、あんなお約束の捨てゼリフ。マンガの中だけかと思ってたけど、リアルでも言うヤツがいるんだな……」
「てゆーより、自分のブサマな姿を覚えといて欲しがるなんて――マゾなの?」
そんな、どうでもいい感想を漏らしていると、ちょうど入れ違いで電話を終えた歩美さんが帰って来た。
「なにかあったんですかぁ~? なんか、注目されているみたいですけどぉ~」
不思議顔でキョロキョロと周りを見回す歩美さん。
「いえ、別に――」
「何もなかったですよ」
そう言いながらオレと千歳は歩美さんの後ろに立ち、客席へ睨みを利かせた。
オレ達二人のガン付けから、一斉に顔を逸らすお客さま達……
てか、千歳――多分、オレも人の事は言えない顔してると思うけど、今のオマエのモロヤン顔は、とても売れっ子少女漫画家には見えねぇぞ。
「そうですかぁ……なら、いいんですけどぉ……」
いまひとつ腑に落ちないと言った感じで振り返る歩美さんに、揃って作り笑顔を浮かべるオレ達。
ホント、元ヤン隠すのも大変だ……
「そうそう~、ココの食事は経費で落としていいと、許可を貰いましたぁ~」
そう言って伝票を掴み、嬉しそうにレジへと歩き出す歩美さん。
でも、経費で落としていいとか、編集長もずいぶんと気前がいいな。
「それじゃあ~、元気に二次会のカラオケに行きましょ~。おぉ~っ!」
「おぉーっ!」
えぇ……ヤッパリ行くの……?
カラオケ二次会に盛り上がる女性陣。
オレはその後ろを、ため息をつきながら重い足取りで着いて行った。