王都の外。
工業区は、城壁からかなり北に離れた所にあった。
荒野の中に、無骨な箱をドスンと落としたような、一角だけの工場都市がずっしりと沈んでいる。
「ごちゃっと目立ってる……」
異質な光景だった。
辺りは岩肌だらけなのに、機械や入り組んだパイプで積み上がった、巨大な人工物があるから。
「あれでも整備出来た方なんでさぁ」
レモンドはご機嫌な様子で振り向き、ニカッと笑ってまた前を向いた。
空飛ぶ車を運転するのは、エンジニアの彼だ。
白髪交じりの短い金髪が、開けた窓からの風にあおられている。
「じゃあ、昔はもっとごちゃごちゃしてたんだ」
「そりゃあ、工場ってのはそんなもんでさぁ」
数日前、片腕を失って運び込まれた人とは思えないほど、はつらつとしている。
私が治癒で腕を再生させ、一命を取り留めたレモンドは、工場をぜひ見て欲しいと言って譲らなかった。
そのせいで、私はシェナと、この空飛ぶ車の後部座席に乗せられている。
「私が見ても、何も分かりませんよ」
専門外もいいところだ。
前世の私は、ただの悩める女子高生だったんだから。
何かに興味を持って、独学しているもの……なんてなかったし。
「それでも、魔法に関しちゃあ、聖女様はこの国一番と言っても過言じゃねぇですから」
「治癒魔法ですよ。私は」
「だとしても、絶対に我々よりもお詳しい」
転移について、口を挟んでしまったのがいけなかった。
体が吹き飛ぶようなものは、そもそも転移魔法として根本を間違えている。
そんなようなことを言ってしまった。
「無用な詮索をすれば、その箱ごと消し飛ばしてやるぞ。無礼者が」
「しぇ、シェナさぁん?」
私の代わりに、イライラをぶつけてくれたのはいいのだけど……。
バカ勇者にするみたいに、ただの技術者に対して、過激な発言はしないでほしい。
「はい、お姉様」
「あんまり、ぶっそうなこと言わないの。ね?」
やり過ぎたことを反省して、シェナはしょんぼりと俯いた。
「ハッハッハ! うちの子も、よくそんな感じでヒーローごっこしとります」
私としては、そうやって流してくれてありがたかったのだけど、シェナはキッと睨みつけた。
ただ、彼の真後ろなのでバレてはいない。
私はシェナを落ち着けようと、頭を撫でてご機嫌をとった。
「もうすぐですか?」
飛ぶにしても、自分で飛んだ方が早くて、ゆったりめのスピードが徐々に疲労感として募る。
シェナも、そのせいで余計に機嫌が悪いのだと思う。
「申し訳ねぇですが、町の裏側だもんで、もうしばらくでさぁ」
しかも、安全のためか町を完全に迂回したものだから、さらに半時間を要した。
――眠っておけばよかった。
近くだって言ってたのに。
**
工場町の中は、やっぱりもっと、ごちゃごちゃとしていた。
道はだだっ広いし、工場と工場も離れている。
なのに、だからこそ沢山あるパイプや、工場を這うように重なっている太いコードの束たちが目立つ。
――想像通りの街並み。
ちなみに、支配人のウレインもエンジニアのレモンドも、頭の上の数字は70に近かった。
それなりに善人。
温和で良い人格の集まりという、商工会ギルドのメンバーなだけはあるかもしれない。
ただ、その彼らも、自分の求めるものに対して純粋なようだから、強引なところがある。
――まだまだ、押しに弱いのね、私。
今だって、断り切れずに工場見学に連れてこられたのだから。
同行するシェナは、基本的に私と一緒なら機嫌はいいのだけど……。
「不思議な魔力反応が、あちこちにありますね」
「おおっ、さすがは聖女様です!」
その反応が奇妙なせいで、シェナが警戒していて落ち着かない。
まるで、微弱な殺気を当て続けられているような、そういう嫌な感じだからだ。
「わかった。監視カメラみたいなものですか?」
視線というよりも、殺気であるのが気になるけれど。
「ご名答です! ですが少し違いまして、オートパトロールなんです。ここには城壁がありませんで」
「誰かが操縦しているとかではなく?」
「今は全自動化しとりますで。すごいもんでしょう!」
言うなれば、丸いドローンだった。
それはプロペラではなく、魔力回路というのを積んでいるのだろう。
バスケットボール大の、黒っぽい球体。
「安定して浮いて……追尾もしてくるんですね」
音がしない。
気配も微弱。
なのに、殺気が込められている。
「意外と侵入者がおりますもんで。気付かれずに拘束するために、静音性にもこだわっとります」
「……他国からではなく、国の間者ですか?」
「仰るとおりで」
「私とシェナは、襲われたりしませんか?」
レモンドは、この微妙な殺気が気になりはしないのかしらと、首を傾げたくなる。
「きちんと識別しますんで、聖女様もお付きの方も、大丈夫でさぁ。今は、あっしと一緒に居るのを覚えとるとこだと思います」
「そうなんだ……」
どんな装備を積んでいるのか、聞いておこうか迷う。
――自律型って、映画みたいに暴走したり……しないのかな、なんて。