「駿……」
月曜日。駿は学校に来ていた。いつものように、自分の席に座って。そして、僕のほうを振り返って、
「おはよ、透真!」
と言ってにっこりと笑いかけてくる。それはまるで、何事も全て夢だったんじゃないかと思えるくらい、ふつうの光景だった。
僕は「おはよう」と返したあと、
「話したいことがあるんだ」
と言って、駿を見つめた。
駿は1度驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの明るい表情に戻って、
「俺も」
と言い、僕の目をまっすぐ見つめながら
「放課後、俺の家に来てくれないか」
と言った。予想外の言葉に、僕は少しだけ驚いたが、
「もちろん。行くよ」
と言って、笑ってみせた。
その日の放課後。
僕と駿は、一言も話すことなく駿の家へ向かっていた。俯いて、ただこの時間が過ぎるのを待って。
…やっと駿のことが知れる。
あの日起きた事も、すべて。
僕はどんな事も受け入れるつもりだった。その覚悟で、今、駿の隣を歩いていた。
僕はこっそり駿のほうに目をやる。
駿は、少しだけ緊張しているように見えた。
それは僕も同じだった。
今日、すべてが分かるのだと思うと、緊張感とともに、すこしだけ怖さも湧き出ていた。
けれど、もう逃げないと決めたから。
駿と向き合うと決めたから。
僕はここにいるんだ。
「どうぞ、入って」
「お邪魔します」
駿の家に着いて、初めて会話を交わした。
玄関に入るとすぐに、嫌な匂いがつんとして、咄嗟に鼻をおさえた。
この匂いはなんだ…?生ゴミの腐敗臭のような、強烈な匂い。腹の底から酸っぱいものが込み上げてきて、必死に口を手で覆った。
「どうした?」
そんな僕の様子を見て、駿はなんでもないようにきいてくる。
「どうしたって……この匂い」
「匂い?」
…嘘だろ?
この匂いが分からないなんて、冗談じゃない。
「あぁ…〝あの匂い〟か」
駿が遠くを見ながらぽつりと言う。
「…あの匂い?」
「着いてきて」
そう言われ、僕は駿の背中を追いかける。
もう、逃げ出したかった。鼻が曲がりそうなこの匂いに、とても耐えられる気がしなかった。そしてその強烈な匂いは、徐々に強みを増していく。
「あけるよ」
駿はそう言うと、返事をする間もなく扉を開けた。
「……っ!」
すぐに目に飛び込んできたのは、
「……駿の…おかあ…さん」
駿の母親の姿だった。
それも、天井から吊るされたロープに首を括っていて、床に足はついていなかった。
「あぁ。かあさんだ」
駿は淡々と答える。
「…見てのとおり、死んでるよ」
駿に言われ、僕は涙を堪えながらもう一度死体の方に目をやる。
……ちょっと待て。
駿のおかあさんは、殴られて死んだはず。僕もしっかりとこの目で見たんだ。その証拠に、こめかみには赤黒い血が付着している。
「ねえ、聞いてもいい?」
「なんだ?」
「…駿のお母さんは、自殺?」
「…………いや。俺が殺した」
駿は俯いて答えた。
「殺した後、このロープに吊るした」
「何でそんなことを…」
「逃げたかったんだ、自分の罪から。かあさんが自殺したと自分に思い込ませれば、少しでも楽になれると思った」
「だから、こんなことを…」
僕はもう一度死体のほうに目をやり、今度は全体を見渡した。
人間とは思えないほど長く伸びた首。大きく見開かれた目。こめかみからの出血。
それ以外に、おかしなところは見つからなかった。
……あれ。
……おかしい。
どうして…右脚があるんだ?
僕はあの日、しっかり見た。膝の辺りで切断された右脚を。けれど、駿のお母さんの死体には、しっかりと右脚がついていた。左脚と見間違えたのかと思ったが、仮にそうだとしても、左脚だってしっかりとついている。
「ねえ……駿」
「…ん」
「あの日…。僕が駿の家に忍び込んだあの日、駿は自分の部屋の前に、右脚を置いたよね」
「置いたよ」
「あれ、偽物だったんだね」
「違うよ」
「は?」
「本物」
「いや、だって、脚、あるじゃん」
僕は震える手で死体の方を指さした。
「…あぁ……。透真はあの脚が、かあさんのものだとおもってるんだ」
「え……?」
「残念だけど違う。あの脚はかあさんのものじゃない」
「じゃあ……だれの……」
心臓がばくばくと脈を打つ。
駿は僕から目を逸らしたあと、ゆっくりと口を開いた。
「トワのだよ」
コメント
2件
why....