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音楽室の扉の向こう側から、
怒号と足音が近づいてくる。
「開けなさい!」
「藤澤くん、どくんだ!」
涼ちゃんが一人で扉を背に立ちふさがり、必死に時間を稼いでいる衝撃が、壁を通じて伝わってくる。
けれど、若井と元貴の耳には、そんな雑音は一切届いていなかった。
曲はいよいよ、元貴が命を削って書き上げた「大サビ」へと突入する。
若井はギターの弦が切れるほど激しく、その感情を叩きつけた。
アンプから放たれる凄まじい振動が、音楽室の床を揺らし、窓ガラスを震わせる。
その振動が、元貴の背骨を伝って脳を直撃した。
(あぁ……見える……!!)
元貴の暗黒だった視界に、爆発的な「オレンジ色」が戻ってきた。
それはかつてのぼんやりとした光ではない。
若井滉斗という人間が放つ、熱く、眩しく、痛いほどの生命の輝きだ。
元貴は、動かなくなっていたはずの喉を、無理やりこじ開けた。
声が出ない。音が聞こえない。
そんな肉体の限界を、魂が超えた瞬間だった。
「——っ、……あ、あああああぁぁぁ!!!」
掠れた、けれど地鳴りのような咆哮。
それは歌というにはあまりに荒削りで、けれど誰の歌よりも切実な「叫び」だった。
元貴の指が、鍵盤の上を舞う。
一音一音が、若井のギターと完璧に噛み合い、二人の音は一つの巨大な光の柱となって、夜の校舎を貫いていく。
「いけ、元貴!! お前の全部、俺にぶつけろ!!」
若井は叫びながら、元貴の目を見た。
元貴の瞳には、涙が溢れていた。けれどその瞳は、確かに目の前の若井を、彼が愛した「オレンジ色のヒーロー」を捉えていた。
( わ・か・い ・ だ・い・す・き ・ だ )
指先が、鍵盤が、震える空気が、その言葉を奏でる。
言葉にならないサビのメロディ。
それは、病魔さえも一瞬たじろぐほどの、圧倒的な「生の証明」だった。
バキッ、という鈍い音がして、扉の鍵が壊された。
光の中に、数人の男たちがなだれ込んでくる。
「そこまでだ!」
警察の手が若井の肩を掴む。
医師たちが元貴を椅子から引き離そうと駆け寄る。
「……離せ! あと少しなんだ! あと数小節で、この曲は終わるんだ!!」
若井は必死に抗った。ギターを抱えたまま、元貴の手を離そうとしない。
しかし、大人の力によって、二人の繋がれた手は無慈悲に引き剥がされた。
「元貴……! 元貴ぃ!!」
「……ぁ……」
元貴の視界から、若井のオレンジ色が急速に遠ざかっていく。
また、世界から色が消える。音が、消える。
引き離される瞬間、元貴は崩れ落ちながら、最後に残った力で若井の手を握り返した。
そして、声にならない唇で、はっきりとこう言った。
( ま・た ・ ね )
それが、若井が最後に見た元貴の笑顔だった。
音楽室に、静寂が戻る。
床に転がったギターの弦が、虚しく一本だけ、ピーンと震えていた。