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◻︎恋と愛と憧れと
「お父さんは離婚するって決めてるんだ、じゃぁ、お母さんは?」
「お袋はさぁ、親父がどうのこうのより世間体を気にする性格だから、絶対離婚しないって言い張ってる。で、失踪届を出して7年たったら死んだことにするって。もう、意地の張り合いで、聞く耳持たずなんだよ。なんであんなに頑固になっちゃったんだろ?あんなんだから、親父も愛人なんか作っちゃうんだよなぁ」
「ねぇ、そのお父さんが結婚したいっていう女って、若いの?」
「そこ!そこなんだよ!若かったらお袋も諦めがついたと思うんだよ、だけど、お袋と同じ年なんだよ、これどう思う?」
「同じ年?あ、それはショックかもしれないね。一般的に男って若い女がいいと思ってるとこあるから」
「だろ!親父は67でお袋は63相手も63。なんだかもう、そんな年じゃないだろ!って言いたい」
「おいキミ、年齢で恋愛の有無を決めないでくれるかなぁ?私にも微妙に響くんだけど」
「んー?美和ちゃんは今でもモテるんでしょ?全然変わらないもん、年齢なんか関係ないよ」
「年齢なんか関係ないなら、お父さんたちも年齢なんか関係ないでしょうが」
「まぁ、そりゃそうだけどさ…これが自分の身内だと思うと、なんだか複雑なんだよ」
「レモンサワーお持ちしました」
空のジョッキが下げられ、レモンサワーが運ばれてきた。
「まぁ、そんなこんなで親の離婚問題に巻き込まれて、まいってる俺ですわ。あ、そういえば美和ちゃんも、俺に話したいことがあるんじゃなかったの?」
誠司が食べていたタレの焼き鳥が、とても美味しそうに見えて、二口目からを横取りしてやった。
「あ、もう!食べるなら追加するよ」
「ん、これでいい」
「あ、そう。で?」
「なんていうかさぁ、恋ってどんなもの?」
「はあ?なんでそんなことを聞くのさ」
「ん…実はね、気になる人がいてね…」
私は石﨑夫婦のことを話した。
そして私がどう感じているのかも。
誠司は、私が話し終わるまで黙って聞いていた。
「ね、これって、私は石﨑さんのことを好きになってるってこと?」
「いや、結論から言えばそれは恋ではない」
「えー、キッパリ?」
「恋ってさぁ、もっとこうわがままで独りよがりなんだよ。自分のものにして自分だけを見ていて欲しいってね。そこに相手に対する思いやりの気持ちは少ないかも?嫌われたくないという自分優先の気持ちはあるけど」
「ほぉ、なるほど」
「話を聞く限り、その石﨑さんが奥さんに対して見せる姿に憧れてるだけだと思うよ。奥さんの存在がなかったら、そんな石﨑さんを見ることはできないわけだし、間違っても美和ちゃんに向けられることはない眼差しだよ。そしたら、そんな石﨑さんを美和ちゃんが好きになるかな?」
_____そう言われてみればそうかも
「そっか、憧れてるだけか。じゃあさ、愛はどうよ?」
「愛?愛はね、相手がどこで誰といても幸せでありますようにと願うこと、かな?」
「愛かぁ…家族愛も愛だけど、なんだかなぁ」
私はレモンサワーに浮かんだ三日月型のレモンを口に入れた。
「んー、すっぱ!」
「あ、それ、美和ちゃん、ずるいよ」
「なに?レモン欲しかったの?」
「違うよ、そうやって唇すぼめて目を閉じられるとさ、キスをせがまれてるみたいでドキッとするから」
「ぶっ!まさかぁ!」
「いや、マジで。なんでそんなにいやらしい口元してるかなぁ?」
「褒めてる?」
「褒めてる、正直言って時たま無性に女を感じさせるよね?美和ちゃんて。ソフトクリーム食べる時も、いやらしく舌で舐めてたし」
「はぁ?普通に食べてただけじゃん?」
「気づいてないってこわいねぇ」
思わず口元を押さえる。
_____私ってそんな風に見えるの?
「でも、全然そんなこと言わなかったじゃない?誘うとかないし」
「あのね、美和ちゃん、美和ちゃんに女を感じることはあっても、恋愛感情を感じることはないんだよ、なんていうか気の合う男友達みたいでさ」
「それは、褒めてる?」
「これも、褒めてる。なんていうかなぁ…男友達みたいに安心してなんでも話せるんだけど、たまーに見せる女っぽさ?それは美和ちゃんにしかない魅力だよ、まぁ、恋愛にはならないけどね」
誠司は私より15才も年下だし、恋愛感情などわかないのも納得してしまう。
「ならなくていいよ、誠司とは。そういえば、誠司の今の彼女ってどんな子?」
「美和ちゃんとは対照的かな?めちゃくちゃ女の子って感じ」
「はぁ、女の子なんて言われる歳でもないから別にいいけど。独身なの?」
「もうすぐ離婚が成立する、それで俺も離婚するつもりで嫁さんには離婚届を渡してあるんだけど…」
意外な誠司の言葉に驚いた。
なんだかんだと常に彼女がいたけど、それは家庭とはまったく別モノだと言ってたから。
「離婚するの?お父さんが出て行ったばかりで?」
「あのさぁ、美和ちゃん、断っておくけどね、親父より先に…5年くらい前から離婚しようとしてるんだよ、俺」
「そうだったの?」
「そう」
「じゃあ、5年も付き合ってるの?彼女と」
「そこは違う、彼女とは付き合って3年。でも夫婦関係はその前から破綻してたからね。けどこちらもまぁ、頑なに離婚拒否でさ。俺もう、八方塞がりだよ」
テーブルに突っ伏して、およよと大袈裟に泣き真似をする誠司。
「ね、大丈夫?酔ってるよね?」
「大丈夫だって!強くなったんだって!俺、酒には」
言いながら立ち上がろうとして、ふらつく誠司。
「こらこら、本当に酒に強いやつは、酔ってないって言わないんだけどな」
誠司の腕をつかみ、そっと椅子に座らせた人。
「え…?あっ、雪平さん、どうしたんですか?」
誠司が改まって頭を下げるその人は、雪平大樹という男性だった。
背が高く、少し首元を緩めたネクタイが、大人の男の色気を感じさせて、ドキッとした。
「どうしてって、僕は飲みに来ちゃいけないのかな?」
「いえいえ、そんなことは。あ、こちら俺の取引先の副社長、雪平さん、こっちは友達の田中さんです」
「はじめまして、雪平です」
「あ、はじめまして、田中美和子です」
差し出された名刺を受け取る手が、思わず緊張で汗ばんでしまったのは、雪平というその男性が私に何かを感じさせたからかもしれない。