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ここは都会のど真ん中にある寺だ。
周りは1年と同じ景色を保てない中、一歩境内に入ると全く時の流れを感じることがない。
「まあ、寺ってそういう所だよな」
寺務所をのぞいてみると、従兄の光希が電話に出ていた。
コンコンとガラス窓を叩く。
すると光希が驚いたように顔をあげた。
気づいたようだが、電話を切るまで待ってくれという仕草をする。
俺は待っている間、常香炉まで行き、舞い上がってくる煙に紙袋を下げたままの手をかざした。
線香の煙の匂いが鼻につく。
何もかもが懐かしい。
境内の隅にあるブランコも昔のままだ。
きっと甥の光陽もあそこで遊んでいるんだろうな。
「鷹也! 待たせたな。どうしたんだよ、突然――」
「出産祝い、まだだったから……」
「光陽(こうよう)の時もらったぞ?」
それは日本にいない俺の代わりに母親が渡してくれたんだろう。
「顔見たかったし、二人目は女なんだって?」
「ああ、芙佳(ふうか)だ。自宅にいるよ」
寺務所の裏にある長岡家の自宅に行くと、光希の家族がいた。
光希の息子、光陽は3歳になっていた。
目は父親似だな。ちょっとぽっちゃりした体型も父親似だ。
「あら、鷹也くんいらっしゃい!」
嫁の敦子さんだ。光希より一つ年上で、檀家さんの娘だった人。
小さいときからよく寺に来ていた敦子さんと光希は幼馴染みだった。
「ごめん、出産祝い遅くなって……」
「いいのにー、気を使わなくても。ありがとう! それよりおかえりなさい」
「ああそうだ。お帰りって言うの忘れてた」
「……ただいま」
「4年ぶりなんだよな。長かったよなー」
「ほんとほんと。ちょっと痩せたね」
「そうか? あまり感じたことないけど……。でも叔父さんの家にはトレーニングルームがあってさ、毎日運動は欠かさないようにしてた」
「へぇー! 光希も見習わないとね。この人お腹がやばいのよ~」
「あ、言うなよな」
ここは相変わらず平和だ。仲の良い従兄夫婦を見ていると少し羨ましくなる。
「……おじちゃんだれ?」
「え」
「光陽、このおじちゃんはお父さんの従弟の鷹也だ。光陽のおじさんだよ」
おじさん。
……まあおじさんだよな。もうすぐ30歳になるんだし。それに叔父なんだし。……なんだか年齢を感じるな。
「鷹也くん、芙佳抱っこしてみる?」
「え」
こんな小さいのを俺が抱っこする?
まだ目が見えていないようだし、見るからにふにゃふにゃだ。
いいのか? 本当にいいのか?
「首が据わってないから、まず右手首の下に入れて……そうそう。で、左手は――」
首を支えながら持ち上げると、軽そうに見えたのに意外と重みがあった。
「三八〇〇グラム位かなあ、今」
「可愛い……」
思わずそんな言葉が出てきた。
本当に可愛いのだ。小さな子供なんて全く縁がなかったが、ふにゃふにゃでミルクの香りがぷんぷんするその赤ちゃんはめちゃくちゃ可愛かった。
ふと杏子の子供のことを考えてしまった。
あの子も生まれたときはこんな感じだったのだろうか。光陽より一回り小さかった気がするから二歳くらいか。
杏子の子供……。
「意外だな。鷹也がそんなふうに抱き上げて可愛いって言うなんて」
「……」
実はそんな風に全く見えないのだが、俺は子供好きだ。小さい子を見ると頭を撫でたくなる。
しかし目つきの悪い俺は、高確率で恐がられる。近くにいるだけで泣かれることもしばしばだ。
案の定、さっきから光陽が父親の背中に隠れながらこちらの様子をチラチラと伺っている。きっと俺が恐いのだろう。
妹を抱っこしているビジュアルはきっと優しげに見えるはずだ。今なら微笑みかければ……。
試しに俺は光陽にニコッと微笑みかけてみた。
「う、うえぇーん!」
ビクッと震え、泣き出しやがった……。
「どうした、光陽?」
突然泣き出した息子に頭を傾げている光希。
泣きたいのはこっちの方だ。お前の息子、失礼だぞ。
「あはははっ! 鷹也くん気にしないで。その子今人見知りが激しいのよ」
くそー! 笑われた。
やっぱり俺に子供は向いていないようだ。まだ目が見えていない芙佳は恐がることもないだろうけど、泣き出す前に母親に返してしまおう。
そういえば、入れ替わった時は怖がられなかったな。
当たり前か。あの時の俺は杏子の姿で、あの子にとっては母親なんだから。
あれから何故かわからないが、あの子の顔が何度も頭をよぎるのだ。
杏子にそっくりだったからかもしれない。
ふと、ダイニングテーブルの上を見ると見覚えのある瓶を見つけた。
どんぐり飴だ。杏子の部屋にあったのと同じもの……。
思わず取り上げて見てしまった。