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「なんだ? お前どんぐり飴に興味あるのか? 甘いもの食べられるようになったのか」
「いや……」
「それ、位牌堂にあったんだ。多分屋台の店主が光陽にくれたんだろう。こっちに持ってきたんだが、さすがに三歳児には飴玉が大きすぎるだろう?」
「こうようはね、パインアメしかたべないんだよー」
光陽は未だに父親の陰に隠れてはいるが、どうやら喋ってくれる気になったらしい。
「パインアメか。懐かしいな」
「パインアメなら真ん中に穴があるから安心なんだ。これは最近お参りに来る親子がどんぐり飴を好きだって言うからあげようと思っていたんだ。でもお前にやるよ」
「じゃあその親子にあげろよ。俺は――」
「別にどんぐり飴をあげるって約束したわけじゃないし、持っていけよ」
その親子から俺が取り上げたみたいになるじゃないか。
そうは思ったものの、どんぐり飴が気になった。入れ替わった時、二度とも口にしていたからだろう。
それに杏子を思い出す、そのカラフルな飴の入った瓶を手元に置いておきたかった。
有難く受け取って、しばらく歓談した後、久しぶりに本堂へ参ることにした。
「お前、どうしたんだ?」
「何が?」
「なんか、なんだろう? 感じが変わった? 敦子が言ったように痩せたからかな」
「体重はかわってないぞ」
「うーん……。俺じゃまだ分からんな。親父に会っていくか? 親父ならわかりそうなんだが」
「はぁ? そっち系? 伯父さんに会うのはいいけど、そういう理由ならやめとく。俺オカルトに興味無いから」
長岡家はちょっとおかしい。直系には何かしらの力が備わっているのだ。
オーラが視える? いや、人を見たら何かが視えるらしい。
そんなことを言われても現実味がなく、今までなら全く信じていなかったのだが、入れ替わりを体験している現在では話が違ってくる。
「そうか? まあ悪いことではなさそうだからいいか」
『悪いことじゃない』……そうなんだ。
内心ホッとしたのは内緒の話だ。
光希とは離れの玄関で別れて、本堂へ向かった。久しぶりに参拝して、墓参りもするか……。
当然の事だが参拝の手順は聞かなくてもわかっている。
ろうそくと線香を手に持ち、常香炉へ。全ての線香に火をつけ、常香炉の左右に3本ずつに差す。
それから五つの末社に参る。
3本ずつ、3本ずつ、3本ずつ……。
本堂に入り、両脇のろうそく立てにろうそくを立てる。
般若心経を唱え、願い事をする。
(杏子に会わせてください。会ってどうしても話がしたいんです。今更だけど、俺の気持ちを伝えたいんです)
どれほど、その場に座り込んでいたことだろう。願い事をした後は、すっかり無心になっていた。
本堂へのお参りの後は、境内のさらに奥にある墓地へ足を運んだ。
祖父母の墓参りだ。
墓参りも久しぶりだな。
以前に来たのは北九州に行く前だった気がする。
祖母が亡くなったのが2年前。
アメリカにいた俺は葬儀に参列することができなかった。
俺は祖父母の墓の前で手を合わせ、祖母の葬儀に来られなかったことの詫びと、無事帰国したことの報告、そして本堂でした願い事をここでもお願いした。
墓参りを済ませて一仕事終えた気分になった俺は、本堂の前に戻った。
目についたのは色のないブランコだ。
この境内になじませるように、ブランコには彩色をしていない。
俺の小さな時からずっとあるブランコだ。
今は光陽が乗るためにちゃんと手入れがされているようだな。
俺の体には小さいが、久しぶりに座ってみた。
今日は1のつく日ではないので、参拝客はまばらだ。
「やっぱ、寺は落ち着くな……」
帰国して何かと忙しい日々だった。
都会の真ん中にありながら、ここでは日々の喧噪が嘘のようだ。
小さなブランコに座ると、ジャケットのポケットに入れたいた小さなどんぐり飴の瓶が気になった。
取り出してアメを眺める。
「どんぐり飴を目でも楽しみたいって言ってたっけ」
それはあの初めて行った縁日で杏子が言ってたことだ。
入れ替わった時にいつも口の中に入ってたよな。相変わらず杏子はどんぐり飴が好きなようだ。もう母親になるような年なのに、子供みたいだよな……。
思いだして、一つ口に放り込んでみた。
薄いグリーンの大きなアメ。マスカット味だ。
――――そう思った瞬間、意識が飛んだ。