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序章 ──黒の魔女
夜の森は、重苦しい沈黙に支配されていた。
黒い霧が地表を這い、木々の枝を伝い、月明かりすら呑み込んでいく。
その中心に、ぽつりと佇む影があった。
──魔女、ルカ。
白磁のように滑らかな肌に、燃えるような赤い瞳。
その背後で揺らめくのは、黒炎のように形を変える魔力の奔流だった。
彼女は冷ややかに口角を吊り上げ、指先を森の奥へと突きつける。
「……ようやく完成する。私だけの兵(マギア)が」
静かな声が、森に染み渡る。
次の瞬間、地面に刻まれた魔方陣がうなりを上げ、闇色の光が溢れ出した。
形を持たぬ魔力が肉を得、骨を形作り、やがてひとりの“人型”へと収束していく。
それは、まだ未完成の存在。
人間のようでありながら、どこか歪んだ輪郭を持つ魔生物だった。
ルカはじっとその姿を見下ろし、眉をひそめる。
「……人型、だと?」
あり得ない。
普通なら獣の形や、無骨な魔物として具現化されるはずだった。
それなのに、なぜか人間の少年を思わせる輪郭を宿していた。
白い肌、細い手足、幼さの残る顔立ち。
だが、虚ろな瞳には光が宿っていない。
「ふん……まあいい。強ければそれでいい」
ルカは自分自身に言い聞かせるように吐き捨て、魔生物へと近づいた。
しかし胸の奥では、説明のつかないざわめきが広がっていた。
──どこかで、見たことがある。
そんなはずはない。
彼女はずっと独りだった。誰も信じず、誰にも寄りかからず、ただ力だけを拠り所にして生きてきた。
それでも、魔生物の顔を見ていると、微かに名前が脳裏をよぎった。
──ナオト。
だが、その名を口に出すことはなかった。
記憶の奥底に沈めてしまったはずの「誰か」の影に、彼女自身が気づくことはない。
「さあ、立て。私の兵士よ。お前は私の命令に従う。それだけが存在理由だ」
ルカの声に応じて、魔生物はぎこちなく立ち上がる。
まだ言葉を持たない、ただの器。
それでも彼は、まっすぐルカを見上げ、目の奥にわずかな光を宿した。
ルカはその瞳に、奇妙な不快感を覚える。
まるで「信じている」と言われているかのように思えたからだ。
「……笑わせるな。信じる? 私を? はは、愚かしい」
ルカは冷たく嗤い、黒いマントを翻す。
「いいだろう。お前の力、試してやる。私と共に、この腐りきった世界を壊すのだ」
こうして──
魔女ルカと、彼女が生み出した“人型の魔生物”の旅が始まる。