テラーノベル
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Mami
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第4話 擦れ違う夜の、それぞれの涙
クラブハウスでの拒絶から数日、俺とネスの間には、以前よりもさらに冷たい沈黙が流れていた。
ネスは俺を傷つけたと思い込んでいるのか、申し訳なさそうに視線を彷徨わせ、俺が近づくだけで微かに肩を強強張らせる。その姿を見るたびに、俺の心はガラスを素手で握りしめているように血を流した。
「……おい、ネス。今日はもう部屋に戻れ。お前の顔を見てると調子が狂う」
「えっ……。あ、はい……すみません、
カイザー」
本当は、気まずそうに縮こまるネスをこれ以上追い詰めたくなくて言った言葉だった。けれど、言葉選びを間違えた。ネスは「自分はカイザーの邪魔になっている」という絶望を瞳に浮かべ、深く頭を下げて部屋を出ていってしまった。
パタン、とドアが閉まる音が、俺と彼の間に引かれた見えない境界線のようで、酷く胸が痛んだ。
*
自分の部屋に戻ったネスは、ドアに背中を預けたまま、ずるずると床にへたり込んだ。視界が急激に歪み、大粒の涙がポロポロと溢れて止まらなくなる。
「う、くすっ……あ、頭が痛い……うぅ……っ」
記憶を取り戻そうと焦るたびに、頭が割れそうな激痛に襲われる。それ以上に、ネスの心をズタズタに引き裂いていたのは、カイザーに嫌われてしまったかもしれないという恐怖だった。
「どうして思い出せないんだろう……。あんなに素敵な、僕の王様なのに。僕、前はもっと上手くカイザーの隣にいられたはずなのに……っ」
記憶はなくても、心の奥底にある感情は叫んでいた。カイザーに置いていかれるのが怖い。彼の冷たい目を見るのが、死ぬほど苦しい。
ネスは暗い部屋の中で一人、膝を抱えて、声を押し殺して泣き続けた。自分がどれほどカイザーを求めているのか、その理由すら分からないまま、ただ涙だけが溢れて止まらなかった。
*
同じ頃、隣の主寝室で、俺もまた電気もつけずに暗闇の中にいた。昼間のネスの、あの怯えた目が焼き付いて離れない。
(もう、あいつの記憶なんて戻らない方がいいのかもしれないな……)いっそ、このまま「ただのチームメイト」として割り切った方が、あいつを苦しめずに済む。俺が一人で、あいつと愛し合った記憶を抱えて墓まで持っていけばいい。
そんな後ろ向きな思考に溺れていた時、コンコン、と控えめなドアのノック音がした。
ドアを開けると、そこには泣き腫らした目で、湯気の立つマグカップを握りしめたネスが立っていた。
「……カイザー。夜遅くに、すみません」
ネスは暗闇の中、俺の足元まで歩み寄って、床に膝をついた。その姿は、記憶を失う前の、俺に傅いていたあの頃のネスそのものだった。
「これ……ココアです。甘くしてあります。……なんだか、あなたが酷く傷ついているような気がして。僕のせいで、あなたが泣いているような予感がして……居ても立っても居られなくて」
ネスはおずおずと俺の膝に手を置いた。その手のひらは、驚くほど温かかった。
「僕、あなたのことはまだ思い出せません。でも……あなたが傷つくのは、胸が張り裂けそうに痛いんです。お邪魔だなんて、言わないでください。僕、本当は……」
ネスのハシバミ色の瞳から、また一筋の涙がこぼれ落ちた。
記憶はなくても、ネスの心と身体は、俺の痛みを敏感に察知していたのだ。あいつが俺を救おうとする本能だけは、記憶喪失なんかじゃ消えていなかった。
「……ネス」
俺は身を乗り出し、床に跪くネスの身体を、今度は拒絶されないように、ゆっくりと、けれど二度と離さないように強く抱きしめた。
「カイザー……?」
「静かにしろ。……お前が俺を忘れても、その温もりがあれば十分だ。俺がお前を、もう一度、何度だって溺れさせてやる」
ネスの首筋に顔をうずめ、その体温を確かめる。お互いに部屋で一人で涙を流し、傷つき合った末に見つけた、偽りのない温度。迷路のような記憶を取り戻す旅はまだ始まったばかりだけれど、この温もりがある限り、俺たちは何度でも出会い直せる。俺は確信していた。