それは、あの報道を目にしてからひと月程が経った、ある土曜日の夜八時過ぎぐらいのこと──
部屋にいた私の元に電話がかかってきて、着信画面を見やると、相手は貴仁さんだった。
「も、もしもし?」
待ち望んでいた連絡に、慌ただしく電話に出る。
「……君か。しばらく連絡もできずに、悪かったな」
開口一番に謝られて、「いいえ、そんなこと……!」と、彼の方には見えないとわかっていながら、何度も首を振って返した。
「……少し、君と話がしたいんだが、今から行っても、かまわないだろうか?」
「はい!」と、すぐさま答える。心なしか聴こえる彼の声が弱々しく覇気がないようにも感じられて、ただただ心配が募った。
ピンポーンとインターホンが鳴り、応答画面を見届けると、急いで玄関のドアを開けに走った。
「遅くに、すまない」
「いえ、かまわないですから」と、首を振って、「待っていたので」と、仕事終わりのままなのだろうスーツ姿の彼を、部屋の中へ招き入れた。
電話でも、どことなく心労を抱えている感じは否めなかったけれど、実際に顔を合わせてみると、その思いはさらに強まった。
「……大丈夫ですか? お疲れなんじゃ……あの今、紅茶でも淹れますから」
彼にソファーに座ってもらい、少しでも疲れが取れればという思いで、疲労回復効果のあるビタミンCを含むスライスしたレモンを、温かい紅茶に浮かべた。
「ありがとう」
紅茶を一口含んで、ハァーとひと息を吐き出すと、「……遅くに、悪いな。本当に……」と、彼がもう一度来た時と同じように低くくり返して、そのややぼんやりとして憂いを帯びた口ぶりは、はた目にもひどく気疲れをしている風が窺えるようだった。
彼の方から話し出すまではと、刺激をし過ぎないよう少しだけ距離を置いてソファーに座り、黙って紅茶を飲んでいると、
「実は……」と、彼が重たげな口を開いた。
ごくっと口の中の紅茶を呑み下して、「はい……」と、顔を上げる。
「実は……、ああ君も、先のニュースは知っているだろう?」
「ええ……」と、ためらいがちに頷いて返す。
「ここ最近は、あの醜聞の対処に追われる一方で、スクープ自体の出どころなども調べていて……」
彼はそこまで話すと、眉間に薄っすらとしわを寄せ苦い顔を作って見せた。
「……当の彼女にも真偽を尋ねてみたんだが、どうやら何者かに嵌められていたらしいことがわかったんだ」
「えっ……嵌められて?」
信じられない話に驚いて、言葉を失う。
「ああ、いわゆるハニートラップの、逆パターンだ」
彼の口から吐き出された言葉に、衝撃が隠せなかった……。
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