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117 ◇よきにはからえ [最終話]
「哲司くんは私なんかにはもったいない人よ。
温子さんがね、先日工場へ行った折に、哲司さんとの結婚を応援するって言ってくださったの。
『哲司さんはやさしいひとだから大事にしてもらえるわよ』って」
「あっちゃん……いや、温子さんがそんなことを? まいったなぁ~。
今夜は布団に入ったら、温子さんに心の中で礼を言うよ」
この頃――――
哲司の娘、鳩子は育代や雅代との交流で随分と明るくなり、父親の哲司から
お母さんのように職業婦人になるのなら、今からでも学校にやってやるからと
言われており……。
それで、学校に入学するまでは雅代に裁縫の手習いをすることとし、そのあと
大宮から東京まで国鉄に乗っての通学で、東京の慈恵医院の看護婦教育所へ行くことを
決めていた。
さて、哲司が雅代を連れて部屋から出ていくと、鳩子もしばらくして大川家を
辞した。
皆がいなくなった部屋で正二が言った。
「育代、すごいなぁ~」
「これからの生活がかかってるんですから、ここ一番大勝負に出られるチャンスは逃せないもの」
「だけど、あれだぞっ、断られなかったから大団円で終わったが、あれで断られていてでもみろっ、
雅代が酷く傷ついたんじゃないのか」
「一体、あなたは何年人間をやっているのですか」
「何年って、そりゃあ……ひぃふーみーよ……」
「あのね、あなたと私……爺と婆だけの家に、いくら貧しい暮らしをしているからといって
哲司くんが高価な米やそんじょそこらの人たちが口にしたこともないような缶詰を頻繁に
持って来るはずないでしょ。
雅代がいるからじゃありませんか。
そんな人が雅代との縁談を断るわけないでしょ」
「育代ちゃん、おみそれいたしやした~ははぁ~」
「うん、よきにはからえ」 「「ふふっ、ははっ」」
―――― お ――― し ――― ま ―――― い ――――
――――― シナリオ風 ―――――
雅代(うつむき、微笑みながら)
「哲司くんは、私なんかにはもったいない人よ。
温子さんがね、先日工場へ行ったときに言ってくださったの。
『哲司さんはやさしい人だから、大事にしてもらえるわよ』って」
哲司(驚き、照れくさそうに)
「あっちゃん――いや、温子さんがそんなことを? まいったなぁ。
今夜は布団に入ったら、心の中でお礼を言うよ」
(N)
「こうして、八幡様へと続く道を歩くふたりの後ろ姿は、
まるで新しい季節の始まりを告げているようだった」
〇その後の家の中/しんと静まる大川家
正二と育代だけが残る。
正二「育代……すごいなぁ~」
育代(得意げに)「これからの生活がかかってるんですから。
ここ一番の勝負を逃すわけにはいかないでしょ」
正二「だけどよ、断られなかったから大団円で済んだが、
もし断られてたら――雅代が酷く傷ついたんじゃないか?」
育代(呆れて)「あなた、一体何年“人間”やってるの?」
正二(指を折って)「ひぃ、ふぅ、みぃ、よ……」
育代(笑いをこらえながら)
「あのねぇ……私たち、爺と婆だけの家に、いくら貧しくたって哲司くんが
高価な米や缶詰を頻繁に持ってくるわけないでしょ?
あれはね――雅代がいるからなのよ。
そんな人が雅代との縁談を断るわけ、ないでしょ」
正二(頭を下げて)
「育代ちゃん、おみそれいたしやした~。ははぁ~」
育代(勝ち誇って)「うん、よきにはからえ」
正二・育代(声を揃えて)「ふふっ……ははっ!」
ふたりの笑い声に、遠くで風鈴が鳴る。
(N)(エンディング)
「こうして――
“押す母”と“引く娘”、そして“覚悟の男”。
三つの心が結ばれて、静かに、大正の秋が深まっていった」
――――― お し ま い ―――――
皆様、この度も最後までお付き合いくださり、ありがとうございます。
今回の投稿は『シナリオ風』というのを毎日書きながらの投稿になり
いつもより少し大変でした。
早いものでもう、10月17日ですね。
連載が始まった日が6月29日でした。
2025.6.29~2025.10.17完結 [脆い絆]
今回――――
閃いてプロットありきで書いたのは第一章のみで、哲司と雅代バージョンは
その都度、考えながらチマチマ書いた感じですね。
第一章の書き始めは『哲司、許すまじき……』で、確か、怒りの炎を燃やしながら
書いていたはずなのに、どうして哲司を幸せにしてしまったのか……。
周囲に流されやすい哲司を見ていると、自分を見ているような気にもなったり。
優柔不断な性格から抜け出せない、軟弱な人間っているんですよね。🤣
――――
私事ですが、この期間中に
1作品のコミカライズ『大きな木/原作』–(自費出版の取り付け)
2025年11月15日に配信予定
↑
[期間限定の掲載もいたしました-noteで告知]
1作品の個人出版–現在すでに配信中『恋しくて』
2作品ほど、見直し作業にて加筆修正中……現在も続行中
振りかえると、ぼーっと過ごしていたようにも思うのに、結構暑い季節に
いろいろと動いていたのだなぁと感慨深いものがあります。
皆様はどのような夏になりましたでしょうか?
きっと、おひとり、おひとり、さまざまな事件簿に遭遇したことと
思います。
うれしいことのあった人も、嫌な目にあった人も――――いらっしゃることでしょう。
そして当たり前じゃないけど、当たり前のように、やっぱり新しい
明日が訪れます。
皆様にも、わたくしにも、穏やかで楽しく感じられる日が一日でも多く
訪れることを願うばかりです。
それではまた、次回作でお会いできたらと思います。(^^)/