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よっか
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#一次創作
ruruha
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さて吟遊詩人たちを宣伝に使ったりすることから分かるように、当時の貴族は自身の評価、他の人にどう見られているのかを気にしていた。
それは先ほど書いた通り、細かな食事マナーを守ることで「貴族らしい食事」を作り上げていたという部分から感じられると思う。
自分がいかに高貴で気品に溢れた貴族なのか、ということをアピールしたい。となると、自分の素晴らしさを一目で分かりやすく周りの人たちにアピールできるものは、なんだろうか?そう、ファッションだ。
中世ヨーロッパの時代には、ファッションが目まぐるしいスピードで変化していった。体中に紋章が刻まれた服や変わった形の被り物など、様々なファッションが生まれた時代だ。
そして貴族らしいというかなんという、ファッションに関するエチケットやルールも作られる。
どのようなエチケットがあったのだろうか?
例えばマント。中世ヨーロッパの貴族は、高級な毛皮を使用したマントを羽織ることが一つのステータスとされていた。基本的に食事もマントはつけたままで、季節によってマントの下の服を脱ぐことはあってもマントは欠かさなかったという。そんなマントの羽織方のエチケットを紹介する。
①戦いを挑まれた騎士は、その戦いを受けて立つ意思表示のためにマントを脱ぐ。
②食事の奉仕の任務を行う場合、マントを着てはいけない。
③騎士を客人として迎えた場合、客人の身の回りの世話をする際はマントを着てはいけない
④緊急の任務を負って到着した使者は、緊急の用事だと知らせるためにマントを脱ぐ
といったように、マントに関するものだけでもこれだけのエチケットがある。マントだけでこの細かさだから、全身の着こなしとなるとゾッとする。
ファッションのルールで言うと、他にも面白いものがある。
おしゃれは足元からなんていうよね。当時の貴族も靴は重要視していた。そして靴にもルールがある。
14世紀頃。中世ヨーロッパの貴族の間では、プーレーヌという靴が流行。その靴の特徴といえば、なんといってもそのつま先だ。つま先は細く尖っており、上にそり返っていた。
どうやってその靴を作るの?と思うけれど、このつま先にはクジラの骨や布を詰めて支えとすることで、この独特な形を作っていたそうだ。
その独特な形のプーレーヌ。この靴については、面白いルールが定められている。とはいってもプーレーヌが流行り始めた14世紀中頃では、特にルールはなかった。いや、ルールが必要なかったといった方が正しいかもしれない。どういうことかというと、この靴が流行ってから少し後の15世紀の様子を見てみれば、分かってもらえると思う。
時は経ち、15世紀後半。そこにはプーレーヌの姿があった。しかしその見た目は、14世紀中頃のプーレーヌとは大きく違っている。
15世紀に入ると、プーレーヌのつま先の長さは60〜70センチにまでなっていた。
考えてみてほしい。つま先に70センチの槍がついている靴。危なすぎるね。
ここまで長くなってしまうと、案の定、各地で法整備がされるようになった。例えばイングランドのエドワード3世は、つま先の長い靴を履くと罰金を課するという法律を作っている。靴の先端の長さにルールがあるなんて、面白いね。現代だと、ヒールの長さとかを注意されるかもしれない。
これまで紹介してきたような食事のマナーだったり、ファッションのルールだったりは、現代人の我々からすると理解できないものが多い。
でももし中世ヨーロッパの貴族たちが現代にやってきたとしたら、彼らが私たちの常識を聞いて驚くことは多いかもしれない。
コメント
1件
うわ〜第5話読んだよ!✨ 中世貴族のファッションルール、めっちゃ面白いね!特にマントを脱ぐタイミングで意味が変わるとか、プーレーヌが70センチまで伸びちゃって法律ができたとか、知らんことだらけで新鮮だった😳💕 当時の人たちの「見せ方」へのこだわりがびしびし伝わってきて、現代の私たちからすると不自由そうだけど、逆に彼らが現代のファッション見たらどう思うんだろうね!?って想像しちゃった〜!次回も楽しみにしてるよ🌸