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#りらのコンテスト
「向こうは社会人だし、こっちの『結婚しよう』なんて学生の俺のその場しのぎの浅知恵だとその場で振られた」
「……まぁ。なるほど」
「でさ、俺も向こうもその婚姻届け出してないんだよ。お互い相手が回収したと思ってたんけど、どうやら誰かが拾って役所出したらしい。飲み屋街だから、きっと酔っ払いにでも拾われたんだろなっていうのが俺たちの見解」
「え!? 」
「土曜の夜に時間外で開いてない役所の守衛室に誰かがわざわざ届けてくれたらしい。ちょっと前にパスポート取って、ちょうど本籍覚えてたこととか、書類に不備が無かったこととか、酔っ払いが代理人として成り立ってしまったとか、成人年齢が引き下がったとか、よりにもよって変にスムーズにいったんだろうね。わかったのは、受理されましたって手紙が来たから。代理人が出したらハガキ来るんだよ、知ってた? 」
「知らないけど」知るわけないでしょ、と呟く。
「だよね。彼女からそりゃもう怒り狂った電話かかってきて、でも俺も身に覚えないし。そっから、これからどうするかって話し合い。結果、無かったことになった。戸籍上からは消えないらしいけど。うちさ、親温厚なんだけど、めっっちゃ怒られた。めっっちゃ。でも彼女はもっと向こうの親に怒られただろうな。大人だから。学生なんかと付き合っていたことも含め怒られたと思うな」
彼は、空に向かってはぁと短い溜息を吐く。
「婚姻届け出しちゃったからには、結婚を続けようかって選択肢は無かったんだね」
「うーん。俺は金銭面で学生の間は向こうに頼るけど、毎日バイトしたら何とかなるかと思ってたんだけど。親も巻き込んだら俺の意思はそこまで尊重されなかった。つか、彼女も無理って言ってたからどうしようもない」
慰めるべきか、言葉を探す。彼はなんてことないように
「で、どうする? 」
と私たちのこれからに言及した。
だけど、私はもう少し掘り下げたい。
「もしかして、だけど……。彼女はつき合った当初あなたの年齢を知らなかった、とか? 」
「そう。友達が俺の年齢を嘘ついて24て言ってたみたい。それこそ、朝は早いし、バイトで帰りは遅いし。疑わなかったみたいで……。『やっと酒飲めるー』って言ったのがきっかけで彼女が勘違いしてたことも俺は知らないし、しばらく向こうは色々葛藤あって別れるつもりだったみたい。で、結局最後はアレで終わり」
「……友達が悪くない? 」
「それな。でも、本人はそんなこと言ったのもすっかり忘れて、いやいや、見りゃわかんじゃん。信じる方がおかしくね? って感じ。確かに、そっから俺が彼女とちゃんとコミュニケーション取ってたらすぐに分かったことだよなーって思って。まぁ、何か色々重なった。普通に付き合って普通に別れたのとかわんないよ、俺的にはね。ただ紙挟んじゃったからもの凄い大事になって、俺は一人暮らし引き払って実家に連れ戻された。未だにまだ実家にいる。めっちゃ不便」
眉を下げて説明するから、気の毒に思ったけど彼が残念に思っているのは不便だってことだけみたい。
「そうだね、紙さえ出さなかったら、ただ恋が終わっただけかもしれないね」
「友達が嘘つかなかったら、始まりもしなかった恋だよ。向こうにとったらね」
「……平気? もう」
「ん? うん。俺もう、前向いてるじゃん」
彼はそう言って人差し指で自分の瞳を指し、視線を辿るように指先を私に向けた。
私は恥ずかしくてそのまま彼の指先を見ていた。
彼はもう10代ではないけど、そんなに何もかわらない。だから、いいのかな……。本当はダメだと思う。だけど、ここで拒絶できるだろうか。
「いや、何か、いいのかなって。もったいぶるものじゃないのわかってるし、ここまで来てって……」
恥ずかしくて早口になってしまう。
「ああ。まぁね。まだ腹くくってない状態で連れて来たのは確かだな」
「腹、くくる……」
何だか見透かされていて顔がカッと熱くなった。からかったわけではないらしく、ふっと私に笑いかけた。
「こんなとこまで連れてきてなんだけど、別に今日は話すだけでもいいよ」
「でも……」
ほんとに?みたいな顔で見てしまって、彼は吹き出した。
「や、いいんだって。二人でゆっくり話すつもりだったし、夜遅いから寝れるとこって思って泊りにしたわけで。まぁ、期待はしてるので。紳士ぶってるつもりもない。つか、俺が何でお伺いたててるかわかります? 」
「何で……? 同意無き性行為は犯罪……」
「あはははは! そりゃそうだ。一般的にはね。今は、俺たちの話をしよ」
「あ、うん。そうね」
「先を考えてるから、だよ」
「先? 」
彼は微笑んだまま、うん、と頷いて続けた。
「今日で会わないとかだったらさ、あとのこと考えずに自分勝手にしたいことするんだけど、そうしないの、何でだと思う? 」
私が答えを口にする前に、言いたくて仕方がないような顔をした。待ちきれない、そんな顔だった。
「これからも、春美さんと過ごしたいんじゃん。だから、今日でダメにしたくないだろう。一緒にどこ行こうかなとか、何しようかなとか考えてるんだからさ」
「……なるほど」
迂闊にも絆されそうになって目が泳ぐ。何か、口上手くない?
にじり、にじり、あざとく顔を近づけて来る。
「うん。とか言って、今俺こうやって圧かけてんの」
「ふっ」
ダメだ、もう。可愛すぎて吹き出してしまった。もう抗えないよ、私の負け。
コメント
1件
このエピソード、すごく好きです。「紙が出てなかったらただの別れ話」という彼の言葉に、人生って紙一枚で大きく変わるんだなとしみじみしました。でもその過去をちゃんと話して、なおかつ「これからも過ごしたいから今日でダメにしたくない」って言える彼の誠実さがいいですね。春美さんが「もう抗えない」と笑ったところで、私も思わずにっこり。ふたりの距離感が自然で、読んでいて温かい気持ちになりました。