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うりちゃん、自滅しかけてる(笑)
「俺、引っ越そうと思ってるんだ」
「えっ!?」
羽理の実家で一世一代の大仕事を終えた大葉は、羽理の引っ越しを前に兼ねてより考えていたことを口にした。
だが、羽理としては当然のことながら青天の霹靂。
「そんな話、聞いてません!」
と眉根を寄せた。
「ああ、まだ話してなかったからな。――けど、ここ、ウリちゃんと俺とお前、三人で住むには手狭だと思わねぇか?」
吐息交じり。足元で愛らしい瞳で自分を見上げているキュウリに視線を転じると、大葉はそっと彼女を抱き上げた。
「でも……」
羽理が何か言おうとするのを視線だけで制すると、大葉は言葉を続ける。
「そもそも八畳しかねぇリビングダイニングの一角をウリちゃんのケージがドーンと占拠してる。……寝室だってベッドだけでほぼスペース食ってるだろ? そんな状態で……お前、どこで趣味の執筆活動をするつもりだ?」
大葉としては何の気なし。羽理の家に行ったとき小さな部屋の片隅にパソコンデスクが置かれていて、羽理が〝書くこと〟を自分の中で大切なモノとして捉えているように思えたから配慮してみただけだったのだが。
〝執筆〟というワードを出した途端、羽理が「ひっ」と悲鳴を上げてオロオロと大葉を見詰めてきた。
(ん? 俺、いま何かまずいこと言ったか?)
「もしや大葉、夏乃トマトのWebページをチェックしてたりするのですかっ!?」
羽理の言葉に、大葉は何のことだか分からなくてキョトンとする。
「夏のトマト?」
(――いきなりなんの話だ!)
***
このところ大葉と色々ありすぎて、小説投稿サイト皆星で連載中の『あ〜ん、課長っ♥ こんなところでそんなっ♥』の掲載が隔日投稿になってしまっている。
どうやって書く時間を確保しよう? とか……大葉と同棲したらもっと書けなくなるのかな? とか心配していた羽理は、そんな悩み事を大葉に告げた覚えなんてなかったのに、いきなり執筆のことを気遣われてドキッとした。
以前、大葉からの追求に負けてポロリ。趣味で小説を書いていることは白状してしまっていた羽理だけれど、作品の詳細までは何とか告白していない。
(私、憧れの倍相課長をモデルにした作品を書いてるのは話したけど、それがエッチなオフィスラブものだ、とまでは言ってない……よね!?)
でも――。
「もしや大葉、夏乃トマトのWebページをチェックしてたりするのですかっ!?」
ひょっとして大葉は、毎日更新だった連載作品がそうではなくなってしまったことを〝一読者として〟知っている――?
そんな不安にかられてソワソワした視線を大葉へ向けたら、キョトンとされてしまった。
オマケに「夏乃トマト?」と、仲良しの法忍仁子にすら教えていないペンネームを告げられた羽理は、「なっ、何でその名前を知ってるんですか!」と叫んで、大葉に「いや、たった今お前が言ったんだぞ? っていうかそれ、誰かの名前だったのか?」と呆れられてしまう。
「はぅっ」
その言葉に羽理はハクハクと口を開いたり閉じたりするしかできなくて、キュウリちゃんを抱いたままの大葉に、「大丈夫か?」と心配されてしまった。
***
羽理の反応は気になったが、まぁ〝なつのトマト〟については時間のある時にインターネットで検索してみればいいかと思った大葉は、「それはさておき――」と話を切り替えた。
そのことにホッとしたように「はいっ」と声を弾ませた羽理を見て、(なつのトマト恐るべし!)などと斜め上のことを思いながら、大葉は「家、せっかく探すならお前の意見も聞きたいんだ」と、当初話したかった話題へと軌道修正する。
「ほら。ここみたいに賃貸も悪くねぇとは思うんだけど……いっそのこと一軒家を買うのも手だなって思ってる。イヤか……?」
「へっ?」
実家ほどだだっ広い土地は必要ないが、庭付き一軒家だと家庭菜園が出来て嬉しい……などと密かに思っている大葉である。
「そ、れは……さすがに贅沢、じゃないでしょうか?」
「ん? 贅沢? んなこたねぇだろ。実際――」
ソワソワオロオロと自分を見詰めてくる羽理が愛しくて、大葉は腕の中のキュウリを一旦足元へ下ろすと、羽理の頬へそっと触れた。